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2010.03.19

土方歳三の最期と龍馬の京都を名古屋市で語る

3/18(木)くもり一時雨

 名古屋市栄にむかう。栄中日文化センターに出講。

 いつもの「日本の城と合戦」、「京都学ことはじめ」講座、今期の最終回。それぞれ「新選組土方歳三の最期―箱館戦争・再論」、「坂本龍馬と京都」。

 「新選組土方歳三の最期―箱館戦争・再論」は満員御礼だったそうな。大入り袋を出せばよかった。死亡地は一本木関門か、鶴岡町か、異国橋か、という通説を少し考えた。たいしたことはいえなかったが。

 戊辰戦争論をながくしすぎたため、埋葬地はどこかに言及できず、失敗。

 「坂本龍馬と京都」は超マニアな話。死亡地・埋葬地が、現京都市であるため、龍馬と京都は縁があるのはわかりきったこと。どの龍馬史蹟ガイドブック見ても紹介がある。

 が、それ以前はどうだったか、いったい龍馬はいつ京都に初めて入ったといえるか、というような文久2年(1862)~3年の龍馬と京都を論じた。

 「魔性の女」ならぬ、「魔性の本」(禁断の書)と名付けた『維新土佐勤王史』を悪用した。かなりおもしろかった。

 また4月から両講座とも再開しますので、よろしければお越しください。

 毎月第3木曜日、前者は午後1時から、後者は午後3時からです。お問い合わせは、栄中日文化センターまで(フリーダイヤル0120-53-8164)。詳しくはこちら↓

http://www.chunichi-culture.com/mgcgi/mgrqcgi.cgi?APPNAME=BunWeb&PRGNAME=kouza_ichiran_para&ARGUMENTS=-N10,-N11,-N12,-N15,-N23

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