最後の直江兼続から赤穂浪士へ
12月14日(月)くもり一時小雨
NHK大阪文化センターの巡検で、伏見城舟入跡へ。直江兼続が構築にかかわったからね。
伏見(木幡)城跡を通って、伏見(指月)城跡参考地たる観月橋団地へいたる。何の表示もない。石碑も解説板も。この地の重要性を語る。
ここは「泰長老」である。直江状が届けられた地の可能性がある。今年の大河のストレートど真ん中だったかも。おしいことだ。たくさんの観光資源が利用されていない。
そのあと、向島城跡へ。山田邦和博士の復元図を片手に本丸跡から二の丸跡、三の丸跡を通る。こちらも石碑も解説板もない。何たることか。
徳川家康の城郭である。再来年の大河は家康の嫡子秀忠の正妻「江(ごう)」である。ゆかりの地といえる。何とかできないか。
近鉄「向島」駅で解散。自転車が電車と接触したらしく、電車1本中止になる。
夜は上七軒「大文字」で、いつもの「つれづれ会」。今日は討ち入りの日。「京都と赤穂事件」を赤穂浪士の手紙・覚書のみを使って論ずる。
京都はすごい都市だ。また思ったことだった。
会場盛り上がる。僕の話はそっちのけで。それでいいのだ。僕はお題を提供しただけ。それをもとにみなさんきが楽しまれる。そんなうれしいことはない。
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