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2009.10.31

浜野潔博士から玉稿を拝受する

 先日、歴史人口学者として知られる、浜野潔博士(関西大学経済学部教授)から、以下の玉稿を拝受しました。

 ①「杉道助」「外山脩造」「豊川良平」「萩原吉太郎」「武藤絲治」慶応義塾史事典編集委員会編『慶応義塾史事典』(慶応義塾、2008年11月)

 ②「渡辺理絵著『近世武家地の住民と屋敷管理』」(『社会経済史学』74-6、2009年3月)

 ③「徳川農村は「皆婚社会」か?―生涯未婚率推計の試み―」(黒須里美氏と共著、『統計』2009年6月号)

 ④「山崎善弘著『近世後期の領主支配と地域社会―「百姓成立」と中間層―』」(関西大学『経済論集』59巻1号、2009年6月号)

 浜野潔博士には、『近世京都の歴史人口学的研究―都市町人の社会構造を読む』(慶応義塾大学出版会、2007年8月)という高著があられる。

 ありがたいことに拙著『御土居堀ものがたり』を使っていただき(35~36ページ)、また本書も恵贈いただいた。

 先日はご多忙のなか、「此付近新選組最後の洛中屋敷跡」標石の除幕式にお越し下さった。実はそのとき初めてお目にかかった。

 いつもありがとうございます。今後ともよろしくご指導ください。

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2009.10.30

雲林院と七野社を訪ねさせたわけがわからない

10/29(木)はれ

 朝9時、北区堀川通紫明の交差点に集合。

 弘化5年(1848)の「京都名所略案内順覧」(「諸国道中たび鏡」のうち)による、「江戸時代京都の観光モデルコースをあるく」。本日は櫟谷七野神社から千本釈迦堂へいたる。

 寺社由緒の事実・非事実の見分け方を論じる。

 櫟谷七野神社といえば、いまは「紫野斎院跡」として有名になったが、あいかわらず角田文衛博士の力である。掛け値なしですごいと思う。

 角田文衛博士がおられなかった江戸後期に、なんでこの神社が観光地に扱われたのかがよくわからない。

 ちなみに前回訪ねた雲林院も。「いまは民家になっている。寺はない」と書いてあるのに(天保2年(1831)の京図に記載されているから、実際にはあったのだが)。不思議である。

 千本今出川下ルの親子どんぶり名物店で昼食をし、依頼をうけて、午後から寺町御池下ルで現京都御所のレクチャーをいたす。楽しかった。

 夕方、河原町六角で、いつものA尾さんとOりょうさんにばったり会う。最近多忙をきわめているので「龍馬」に行っていない。再会を喜ぶ。が、家庭事情で帰路を急ぐ。

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2009.10.29

【巡検】北野天満宮から平野神社へ

 「江戸時代京都の観光モデルコースをあるく」の次回は、

 2009年11月5日(木)午前9時~11時

 集合場所:北野天満宮南鳥居前(上京区御前通今出川)

 行き先:北野天満宮から平野神社へ

 参加費:ワンコイン(500円)

 雨天決行

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2009.10.28

【巡検】櫟谷七野神社、千本閻魔堂へ

 次回の「江戸時代京都の観光モデルコースをあるく」は、

 日時:2009年10月29日(木)午前9時~11時ごろ

 集合場所:京都市北区堀川紫明(堀川鞍馬口)下ル西側、大日本スクリーン前

 行き先:櫟谷七野神社(いちいだに・しちの・じんじゃ)、千本閻魔堂(予定)など

 参加費:ワンコイン(500円)

 雨天決行

よろしければお越しください。

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2009.10.27

御土居堀にこだわってきてよかったと思った日

10/24(土)はれ

 京都大学総合博物館で講演をした。

 タイトルは「どうして御土居堀は「大切」か―その歴史と現状」。

 2009年(平成21)度文化庁美術館・博物館活動基盤整備支援事業として、同博物館の「京都の御土居」が採択された。それにかかわって。

 とても楽しかった。思うことがいっばいあった。とても言い尽くせない。

 誘ってくださった岩崎奈緒子博士(京都大学総合博物館教授)、いっしょに舞台にたたれた高井多佳子さん(京都女子大学非常勤講師)、話を聞きにきてくださったみなさんに心より感謝申し上げます。

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2009.10.24

また龍馬の講演をします

10/23(金)はれ

 午前9時10分、くずし字入門に出講。

 文化9年(1812)の江戸逗留日記、エンディング目前。権利(舟持株)獲得のために、老中や勘定奉行へ接触する。その手順がよくわかる。おもしろい。次回で終わり。ちゃんとまとめておかないといけないと思っている。

 次回は何を読もうか。それが悩み。

 終了後、JR東海の田島江梨子さん、木村弥生さんと打ち合わせ。来年3月13日に東山区で龍馬の講演会を行う。その内容を検討。「妻お龍からみた坂本龍馬と京都」みたいな内容になる予定。詳細はまたいつか。

 最近、龍馬の講演依頼がとても多くなっている。2004年の大河ドラマ「新選組!」のときの比ではない。ありがたいこと。

 午後から天理大学へ。御土居堀(洛中惣構(そうがまえ))論を継続中。大和郡山の惣構にまだ到達しない。

 夜は上記、田島さん・木村さんに戸田さん(男)をまじえ、懇親。最後は、いつもの木屋町六角下ル「龍馬」に立ち寄る。めずらしく2日連続の訪問。

 帰宅後は、明日の講演内容を考える。

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2009.10.23

信長と光格天皇と龍馬とあそぶ

10/22(木)はれ

 平安京誕生日。「日本紀略」所収「日本後紀」ダイジェストによると、本日、桓武天皇の車駕が新京に入った。これが平安京誕生日と認められ、毎年時代祭が行われている。

 午前中、いつもの「江戸時代京都観光モデルコースをいく」。大徳寺を参拝。特別公開中の総見院をおまいり。

 午後1時すぎ、烏丸丸太町付近で時代祭行列にあたる。おどろいた。

 1時半から、京都新聞文化センターの巡検。光格天皇の旧蹟めぐりをする。誕生地の閑院宮邸跡→内裏→慮山寺(父典仁親王陵)

 時間があまれば、光格天皇の行幸地である聖護院に行き、そこから新内裏への還幸ルートを歩くつもりだったが、タイムオーバー。できなかった。

 夜は旧太秦村字安井で、三宅日記輪読会に参加。1922年(大正11)8月12日から21日まで読む。八幡市教育委員会竹中友里代さん、府立総合資料館松田万智子さんからあいかわらず、いろいろまなぶ。

 そのあと、木屋町六角「龍馬」に行き、上洛中の桐野作人さんとお目にかかる。京都国立博物館の宮川禎一考古室長もおられ、歓談。こちらからも有意義な情報をえる。

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2009.10.20

近江の環濠集落と高地性集落を語る

10/19(月)はれ

 午後1時30分、「基礎からまなぶ近江の歴史」(主催:龍馬カンパニー)に出講。本日は「後漢書」東夷伝と「魏志」倭人伝を読み、近江の環濠集落と高地性集落をご紹介する。

 すなわち下之郷遺跡や伊勢遺跡(以上守山市)、高峰遺跡(大津市)などである。そのうち巡検したいと思っている。お楽しみに。

 メンバーとお茶を飲み、大津市内の古書店に寄って、古い博物館図録などを買う。

 夜、用事があって、少し木屋町六角下ル「龍馬」に行く。ある本の企画を立てる。実現したら楽しいと思う。

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2009.10.19

京都市教育会建立碑と新選組洛中最後屋敷跡碑

10/18(日)はれ

 嵯峨野三壺庵での嵯峨野学藝倶楽部に出講(主催:伝統プロデュース連)。

 京都市教育会の建立した碑について論ずる2回目。今回は当初の建設案60ヶ所の意味についてお話した。

 次回は実際の建碑でどうなったか。もちろん計画どおりでないことがおきる。それがおもしろい。

 午後3時からJR京都駅前へ。「新選組最後の洛中屋敷跡」の紀年標石(石碑)の除幕式に立ち会う(既報)。いわゆる「不動堂村屯所」跡のことである。

 場所はハトヤ瑞鳳閣(下京区西洞院通塩小路南西角)。近くのリーガロイヤルに解説板と近藤勇の歌碑はあったが、これまで紀年標石(石碑)がなかった。それが建った。よかった。

 終了後、ハトヤ瑞鳳閣のお気づかいで中で懇親会(茶話会)。楽しくありました。

 それにしても縁のふかい。京都市教育会も壬生の新選組屋敷たる八木家の前に「新選組遺蹟」の標石を建てている。

 京都市教育会の講座の日に、最後の新選組洛中屋敷の碑の除幕式があったのだから。思いはふかい。

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2009.10.18

新選組不動堂村屋敷跡標石が建った

Dcf_0177_2  新選組最後の洛中屋敷(いわゆる不動堂村屯所)跡の標石が建ちました。

 ご報告申し上げます。

 場所は、京都市下京区西洞院通塩小路南西角です。

 こんな重要な場所の建碑にかかわれたことを名誉に思います。

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2009.10.17

【除幕式】新選組最期の洛中屋敷跡標石

 明日、京都の新選組史蹟で建碑除幕式が行われます。来てください。中村武生が銘を書きました。

除幕式日時:2009年(平成21)10月18日 15:00から

監修:中村 武生
(京都女子大学非常勤講師・NPO法人京都歴史地理同考会理事長)

建碑場所:京都市下京区西洞院塩小路下ル南不動堂町802 ハトヤ瑞鳳閣前

碑文
(表)此付近 新選組最後の洛中屋敷跡
(右)旧平安京左京八条二坊十五町
(左)旧山城国葛野郡不動堂村
(裏)二〇〇九年一〇月 ハトヤ瑞鳳閣建之

(解説文)当地は古代の表記でいえば、平安京左京八条二坊十五町にあたります。

 中世には八条院町とよばれ、鋳物生産が多数行われた、いわば工業地帯でした。
 が、戦国時代には農村化し、江戸時代までに葛野郡不動堂村が成立しました。

 しかし豊臣期に構築された、京都全域を囲い込む惣構(城壁・環濠)「御土居堀」の郭内に位置していたため、「洛中」(都市)扱いを受けました。

 幕末期、新選組がこの地域に屋敷を営みました。池田屋事件や禁門の変などでの活躍や、局長近藤勇の政治的力量が高く評価され、慶応3年(1867)6月、将軍徳川慶喜の直属の軍隊となりました。

 これにあわせての新屋敷建設です。いわば最盛期の邸宅といえます。

 近藤勇の甥で隊士だった宮川信吉の書翰によれば、同年6月15日に入居しています。 

 位置については、同書翰に「七条通り下ル」、幹部永倉新八の手記に「七条堀川下ル」とあり、当地付近に営まれたことは確実です。

 が、厳密な場所や規模、建物構造などについては信用に足る史料が少なく、不明です。  価値の低い記録による復元・叙述は、極力さけなければなりません。

 同年12月の王政復古政変により、新選組はわずか半年で当屋敷を離れます。

 翌年1月の鳥羽伏見戦争の敗北ののちは、関東へ下り、解体の道を歩みます。

 当屋敷は維持されず早々に消失して、静かな農村に戻ったことでしょう。
 が、明治になり、近くに七条停車場(現京都駅)が設置され、しばらくして地域一帯が京都市内に編入されます。

 当地付近は、地域史上はじめて京都屈指の「人の集まる場」となり、今に至ります。

                                  歴史地理史学者 中村武生

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2009.10.15

鞆の浦訴訟、県が控訴

 鞆の浦の景観保護に関する訴訟で、広島県が本日控訴しました。争いが継続されます。

 予想されたことですが、残念です。

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2009.10.14

今宮神社に参って秀頼の死を伝える直江兼続書翰などを読む

10/13(火)はれ

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 今朝も、「江戸時代京都の観光モデルコース」をあるく。前回、台風接近で中止になった。そのせいか、今回は集合場所がいつもの駅改札ではなかったのに、いつもより多く参加者があった。いつもは宣伝不足ですわ、と受講者T崎さん。そうかなあ。

 本日は旧大宮通を通って、今宮神社へ。いろんな川跡をご紹介。そのひとつ有栖川の橋のかけらが今宮境内にある(写真)。T崎さんに教えてもらった。

 総務のK畑さんの周旋で、あぶり餅も食べた。織田信長らの骨灰を埋めたという阿弥陀寺跡から移転してきた織田稲荷社にも参った。意外と知られていない。楽しかった。

 次回はすこし飛んで、10/22(木)です。午前9時、大徳寺南門前(北区北大路大宮西入ル北側)集合です(真ん前に「アメリカ」という大きなレンタル店があります)。雨天決行。参加費ワンコイン(500円)です。

 午後から、JR京都駅前のキャンパスプラザ京都で「基礎からまなぶ!日本歴史」。前回、大坂落城した。

 今回は大坂落城をめぐっての、伊達政宗や直江兼続の書翰を読んだ。伊達政宗は、関ケ原合戦直後の豊臣秀頼の処遇をめぐって家康に意見した、有名な書翰も読んだ。伊達政宗の口惜しさがつよく感じられる。

 そのあと武家諸法度の元和令と寛永令を読んだ。次回は禁中並公家諸法度を読むところから。「徳川時代の京都」がはじまります。

 こちらの次回は、10月20日(火)午後0時30分から(1時40分まで)。場所は同じく、JR京都駅前のキャンパスプラザ京都5階第3・4演習室。どなたでもお越しください。参加費は変わらずワンコイン(500円)です。

 終了後は、NPO京都歴史地理同考会の理事会。もうすぐ総会がありますし、リーフレットをつくろうなんと話もあって、その打ち合わせ。「紀要」もまだ出せてないのに、リーフレットとは。いかんのだけど。

 そのあと某所でパソコン打つ。締め切りすぎたもの、直前のものいろいろある。なにか一つでも進めないと。

 夜は奥さんとおでかけ。

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2009.10.11

石碑解説文を書き日本史研究会大会に遅れる

10/10(土)はれ

 日本史研究会大会初日(会場は佛教大学)。昼から参加の予定が、本日午前中が最終締め切りという原稿に直面した。

 なかなか決められた分量におさまらないので、時間をとった。実は石碑の副碑(解説文)なのだ。除幕式は決まっているから落とせないし、まちがった内容では後世に害をなす。

 佛教大学に着いたのは、終了1時間前。図書販売も終わっていた。やむをえない。

 せっかくだから近世史部会の懇親会におじゃまする。旧知の方が数名おられて楽しかった。初めての方にもご挨拶いただき、恐縮する。

 そのあとは久しぶりに「龍馬」(木屋町六角下ル)をのぞく。かなり久しぶり。

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2009.10.10

フリーハンドで御土居堀ラインを描いてみせた

10/9(金)はれ

 午前中、くずし字入門。「江戸逗留日記」10丁目を読む。全部で14丁あるから、あと少し。みなさん熱心で、僕が気づきもしない情報をもってこられる。

 どうやらこの日記は、「船持株」取得を目指して、公家が家臣を使って江戸の要路に交渉しているものらしい。

 文化9年前後の畿内の水利にかかわる史料を、複数の人が見つけて持ってきてくださる。これらが当「江戸逗留日記」の件とどうつながるのか、つながらないのかはよく分からない。が、とても刺激になる。ありがたいです。

 終了後、JR東海「そうだ京都、行こう。」デスクの田島英梨子さんとイベント打ち合わせ。「龍馬伝」にかかわる京都見学会である。どこでもやっているのと異なることをしたいと思う。

 それから天理市へ。天理大学へ出講。歴史地理学とはどういう学問か、パワーポイントを使ってスライドを見せる。

 ふたりも熱心な学生があった。1人は2万5千分の1地形図上に「御土居堀」ラインを書いてほしいという要望してきた。何も参考にせず、完全フリーハンドで書ける自分が気持ち悪くも思ったが、できるのだから仕方がない。

 1人は平安京域を同じく地形図上に示すよう望んできた。こちらはかなりカンタン。あっさりすむ。本日は楽しい天理大学出講であった。

 

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2009.10.09

光格天皇を論じ古書を頂戴する

10/8(木)くもりのちはれ

 台風一過。

 午前中の京都史蹟隊講座は緊急休講にしたが、午後からの京都新聞文化センターの講座は無事実施された。

 「坂本龍馬以前の幕末京都」というタイトル。一年間行う予定の龍馬講座の序章である。まだまだ本体には入らない。

 今回は西暦1800年前後(寛政期)の光格天皇朝のはなし。幕末期の孝明天皇の活躍は、その祖父光格天皇時代の復古活動を知らずには理解できない、という理屈で展開。

 内裏(禁裏御所)の復古的再建(現存の京都御所の原型が生まれた)、尊号一件(光格天皇の父典仁親王に「太上天皇」を贈ろうとして失敗した事件)、850年ぶりの「天皇」号の復活などにふれた。

 主たる参考文献は、藤田覚氏『幕末の天皇』(講談社選書メチエ、1994年)です。

 次回は巡検。光格天皇の出身地閑院宮旧邸、父典仁親王と側近中山愛親の墓所である慮山寺、可能なら内裏火災のとき行幸した聖護院へも参りたい。

 夕方、西陣の某所に呼ばれる。古書が大量に廃棄されるので、引き取りに来ないかというお申し出があったから。

 行ってびっくり。とてもたくさん。500冊ほどはあろうか。全部引き受けるスペースはないし、実際役立てられないものも多くあった。

 が、いくつかはありがたいものがあり、頂戴した。重さで袋がさけそうだったので、もよりの地下鉄駅まで送ってくださる。ありがとうございました。

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2009.10.08

【講演】直江兼続のみた洛中洛外

 以下の講演会を行います。スライドをお見せしながらお話しします。無料です。ぜひおこしください。

                        記

伏見区政治・文化セミナーのお知らせ

1 日時  2009年(平成21)11月8日(日)

       午前10時30分~11時30分(開場・受付は午前10時00分から)

2 場所  京都市醍醐交流会館 ホール(伏見区醍醐高畑町30-1 パセオ・ダイゴロー西館2階 市営地下鉄「醍醐駅」2階) 

3 内容   「直江兼続のみた洛中洛外

       講師 中村 武生(なかむら たけお)氏(歴史地理史学者,京都女子大学非常勤講師)

4  定員   200人(入場無料,先着順,事前申込不要)

※ 伏見区政治・文化セミナーは,区民の皆様に政治や社会,文化に興味・関心を持っていただけるよう,身近な事柄,政治や選挙に関連するテーマを設定して,毎年開催しています。

詳しくはこちら→http://www.city.kyoto.lg.jp/fushimi/page/0000069718.html

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2009.10.07

京都史蹟隊講座、中止のお知らせ

各位

いつもお世話になっております。

 さて急ではありますが、明日(10月8日)午前9時からの「京都史蹟隊講座」を、台風接近のため中止と致します。

 次回は2009年1013()午前9時、京都市北区「堀川通北山」交差点北西角(京都銀行前) に集合です

 行き先は、今宮神社・大徳寺です(11時解散)。参加費はワンコイン(500円)。

 どうぞお間違えありませんように。

 もしお仲間で御気付きの方がありましたら、ご連絡くださると幸いです。

 

 どうぞよろしくお願いいたします。

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2009.10.06

直江兼続のみた洛中洛外を案内した

10/4(日)はれ

 朝6時、名古屋・栄の中日ビル前に集合。中日旅行会のイベント。20人の参加者とバスで京都へ向かう。「直江兼続のみた洛中洛外」のバスツアー。洛中と伏見の旧蹟(主に武家地跡)を見に行く。

 コースは以下。

【午前中:洛中】①一条戻り橋 ⇒ ②上杉景勝亭跡碑(村田織物前) ⇒ ③千利休亭跡碑(晴明神社前) ⇒ ④聚楽城北堀跡 ⇒ ⑤聚楽城本丸天守跡推定地 ⇒ ⑥聚楽城跡碑(正親小学校前) ⇒ ⑦聚楽城西ノ丸跡(北政所寧亭跡推定地) ⇒ (⑧聚楽城本丸南堀跡をとおって ⇒ )⑨梅雨井跡(聚楽城本丸東堀跡) ⇒ 昼食

 昼食は、二条城東門前の京都国際ホテル。ここは江戸時代の越前松平家の屋敷跡。幕末には松平慶永(春嶽)が居住したところ。豊臣期京都と伏見の武家地をあるくイベントの昼食地が、江戸時代大名屋敷跡。すばらしい。

【午後:洛中その2】

①上杉景勝亭跡参考地・直江兼続亭跡参考地道標(堀川通椹木町西入ル南側) ⇒ ②毛利輝元亭跡参考地(森中町) ⇒ ③宇喜多秀家亭跡参考地(浮田町)

ここで伏見へむかう。

【午後:伏見】

④御香宮⇒⑤前田利家・利長亭跡推定地(松平筑前公園)⇒⑥毛利輝元亭跡推定地 ⇒ ⑦福島正則亭跡推定地 ⇒ ⑧松平忠吉亭跡推定地 ⇒ ⑨島津亭跡推定地 ⇒ ⑩治部池(石田三成亭跡推定地隣地) ⇒ ⑪旧伏見桃山キャッスルランド天守(長束正家亭跡推定地) 

 とてもよいお客さんがおられて、励みになりました。バスでの案内は小回りが利きにくく、不十分なことでしたが、不満ももらされずありがたいことでした。

 夜は、泉涌寺へ観月に行く。JR東海のイベントである。ご招待いただいたのである。ありがとうございました。いい目をさせていただきました。

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2009.10.04

名古屋・龍馬講座を開始

10/3(土)はれ

 栄中日文化センターに出講。坂本龍馬講座が開始される。徹底的に史料に依存したストイックな龍馬の生涯を語る予定。

 今回は誕生から文久元年(1862)まで行くつもりだった。が、安政元年(1854)までしかいかなかった。のんびりもいいところ。

 明日は中日旅行会のイベントで、直江兼続のゆかりの京都と伏見をあるく。名古屋からバスに乗って行く。

 ゆえに本日は名古屋泊。名古屋まつりの日だった。武将がたくさんいて火縄銃を撃っていたが、それどころではなく、急いで宿に入り、たまっていた仕事に入る。

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2009.10.03

久しぶりの天理大学

10/2(金)くもりときどき雨

 くずし字入門に出講。本日から来年(2010年)1月まで、原則当講座は朝一番9時10分からです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

 といいつつも、多くの方々が変わらずお越しくださる。

 本日も江戸逗留日記を読む。あと少しだ。

 終了後、少し有志で懇親のコーヒーをしたのち、奈良県天理市へむかう。天理大学に出講のため。本日、初回。

 今回は久しぶりの都市史論を行う。奈良県の大学である。大和国のはなしをしないとつまらない。大和郡山城下町を中心にするつもり。

 帰宅ののちは、しめきりすぎた原稿を打つ。明日は名古屋宿泊だ。いまからしておかないといけないことが山積。寝る時間はとらないといけない。困った。

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2009.10.02

上御霊から上賀茂まで御土居跡を歩く

10/1(木)

 午前9時、地下鉄鞍馬口駅に集合。また「江戸時代京都観光モデルコース」をあるく。今回は上御霊神社から上賀茂神社に行く。

 原文にはたんに「上御霊(此間川有)、上加茂(山城一の宮也。みたらし川有)」とあるだけ。「此間川有」って、鴨川のことか。なんてあっさり。

 上御霊社からどこを通って上賀茂に行ったのか、わからない。が、『京都町触集成』によれば、江戸後期の町奉行がほぼ同じコースを巡見する際、「堤通り北へ」とあるので、鴨川堤の上を歩いていることになる。現在の「加茂街道」だ。

 天保2年(1831)の京絵図をみれば、鴨川堤に「作り道/上カモ(賀茂)迄五十丁」とある。これだろう。

 が、今回はこれをとらなかった。鴨川堤の西に並行して走る「御土居藪」跡を歩くことにした。よくなれたコースだが、意外と今回の参加者はこの部分については歩いておられないようだった。

 途中、御土居跡の隣地、有名な中華料理店「鳳舞」(鴨川堤紫明西入ル)が閉店になっていたことをはじめて知った。 

 12時すぎ、無事上賀茂神社に着いた。が、お参りや散策はせず、終了。次回はここから開始するから。

 次回は、2009年10月6日(火)午前9時、市バス「上賀茂神社前」停留所集合です。上賀茂神社を参拝し、今宮神社に向かいます。着かなくても11時に終了します。どなたでもご参加できます。参加費500円。申し込み不要。雨天決行。

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2009.10.01

祝!!鞆の浦、架橋差し止め!!広島地裁

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 速報です。

 広島県福山市の鞆の浦の架橋問題で、広島地裁が広島県と福山市に対して、鞆の浦の架橋事業の免許差し止めを命じました。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009100102000231.html

 坂本龍馬をはじめ、さまざまな日本史の旧蹟地にして、「崖の上のポニョ」の舞台地にも擬された場所の景観が守られます。

 原告団長の大井幹雄さん、原告のひとり松居秀子さんはじめ、頑張られたみなさんに心より敬意を表します。おめでとうございます。ありがとうございました。

※中村武生と鞆ノ浦の関わりは、当ブログ2007年12月8日条や2008年2月10日条などをご覧ください。

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