新選組屋敷の建物と山田邦和博士とかなり近い親戚
7/31(金)はれ
金曜日だから、京都新聞朝刊(市民版)にいつもの「中村武生さんとあるく洛中洛外」が載っていた。今月は金曜日が5週あるので本来は休みなのだが、好評のため今週も掲載された。
新選組の洛中屋敷のうち、いわゆる「不動堂村屋敷」と西本願寺屋敷について、述べた。
土方歳三がいう旅宿「西本願寺講堂」(慶応元年(1865)3月1日付、佐藤彦五郎宛書翰)とは、旧西本願寺北集会所(現亀山本徳寺本堂(兵庫県姫路市))でいいのかと、問題視した。
それはまあいいのだ。
6面の「私論公論」コーナーをみると、山田邦和博士の「天皇陵研究の新時代へ」という玉稿が載っていた。天皇陵公開(発掘ではない)の意義を、明治天皇陵(伏見城跡)などご自身の経験を事例に語られたものであった。
同日の新聞内に山田博士と共存していたわけだ。名誉なことだ。
ちなみにテレビ欄にはとても近しい親戚の作品紹介もあり、記念すべき新聞になった。
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