直江兼続ゆかりの石清水八幡宮滝本坊跡に立った
8/3(月)はれ
「基礎からまなぶ日本歴史」恒例の月例巡検の日。
今回は石清水八幡宮へ。上杉景勝(や直江兼続)がはじめて上洛した天正14年(1586)、さまざまなところへ行った。
そのひとつが石清水八幡宮である。上洛日記によると、滝本坊に入ったらしい。その地にたつために来た。原文は以下。
(前略)(六月)十八日、従大坂御上洛。石清水八幡宮へ御社参。於滝本坊御振舞有之。深更御京着候事。翌十九六条ニ御坐候 (後略)
(「天正十四年上洛日帳」(東京大学史料編纂所蔵。同所のサイトのデータベースで読めます)
【現代語訳】6月18日、大坂より京都へ上がられた。(途中)石清水八幡宮へ御参りをされた。滝本坊において御振る舞いがあった。深夜に京都へ着かれた。翌19日は六条本国寺におられた。
その跡地には、いつもの「三宅安兵衛遺志」碑が建っているが、驚くほど荒れている。大河ドラマに便乗しようとしない、石清水八幡宮の欲のなさに感心する。ほめているわけではないのだが。
山内に山ほど建っている三宅碑をみまくり、古城跡さながらの崩れ落ちた坊(寺)跡の石垣に哀愁を感じた。石清水の参拝ぐらいしたことがある人ばかりだったが、こんな見学はなかなかなさらないようだ。けっこうウケた。
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