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2009.08.19

長曽我部盛親の京都出発

8/18(火)はれ

 豊臣秀吉の祥月命日にして(慶長3年=1598)、八月十八日政変の日(文久3年=1863)。ただし現暦にすると、それぞれ別の日になるが(前者が9月18日、後者が9月30日)。

 基礎からまなぶ日本歴史に出講。本日はいつもとちがって、9時10分から。とても朝早いのに、それほど受講者数は減らず。ありがたいことだ。

 豊臣秀頼の寺社復興のはなしや片桐且元のその後、長曽我部盛親の大坂入城のことなど御話しする。

 長曽我部盛親が相国寺門前の住居を出発し、大坂城に入るまでの途中につぎつぎと人が集まってきたという有名なエピソードの出典を朗読した。

 「塊記」3である。『大日本史料』に収められたものを使用した。もちろん事実かどうかは分からない。

 「大坂御陣山口休庵咄」によれば、住居は相国寺門前ではなく、「小川通りの上」とある。だいぶ位置が異なる。まあ、そんなもんだろう。

 終了後、以前に一緒に仕事をしたD通テックのY野さんたちと待ち合わせ。次の仕事の打ち合わせ。

 そのあと、京都府庁のあるイベントの講師を依頼されたので、その打ち合わせのため、府庁に行く。

 さらに寺町丸太町の京都市歴史資料館に、ある書籍を購入しにうかがう。が、展示変えのため、臨時休館。がっかり。でもダメもとで呼び鈴を押したら、応じてくださった。ありがとうございます。大変助かりました。

 寺町を南下して二条通に達する。友人がつとめているので、のぞく。某冷菓を差し入れる。おられてよかった。1本当たりが出たそうだ。何よりだ。

 一旦帰宅し、また出かけようと思ったら、京都新聞社のS藤記者からメールがきて、「中村武生さんとあるく洛中洛外」の今週締め切りは今日ですよと告げられる。忘れていた。危なかった。

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