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2009.07.07

石田三成の死刑を追いかけ、池田屋再開に立ち会った

7/6(月)あめのちはれ

 朝5時に寝て、7時半に起きた。久しぶりの2時間半睡眠。今月の池田屋原稿をあげるまで頑張ったから。でもまだ「池田屋」に入ってない。すごい連載になってる(講談社メルマガ連載中)。

 午前9時、地下鉄二条城前駅改札集合。恒例の月例、基礎からまなぶ日本歴史の巡検日。石田三成の死刑引き廻し推定ルートをあるいた。

 石田三成らは奥平信昌屋敷に収容されていた。そこから六条河原にむかった。その奥平邸はどこか、これが今回の焦点のひとつとなった。

 渡辺世祐博士は『稿本石田三成』で、堀川出水としている。が、その典拠がわからない。ちがうのではないか。結論はでなかったが、候補地は堀川出水もふくめて4か所ぐらいあげた。そのうち3つまで訪ねた。

 さすがにすべてをあるくことは困難だった。だから途中から電車に乗り、目前の地からまた歩き出した。

 で、最後はちゃんと六条河原に到着した。12時40分ごろ。そこから何がみえたかも話題にした。現地に立ったからわかること。やっぱりこないとだめだ。

 お昼は有志と京都駅前でいただく。終了後、河原町三条へむかう。

 午後3時から、池田屋跡でのイベントに参加。全国チェーン展開をしておられる居酒屋「はなの舞」が、ここに出店をする(7月8日=池田屋事件の日)。だからその前々日に関係者に内覧会をされた。そこへの参加だった。

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 K都新聞社のS藤T幸記者に連れて行ってもらった。内部でいつもの「龍馬さん」と「おりょうさん」に出会った。ゲストに土方歳三役でしられた俳優、栗塚旭氏もおこし。「龍馬さん」のご紹介で握手した。

 詳しくは「龍馬」のブログをごらんください。

http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

 「池田屋」原稿に1週間つきっきりだった。だから1週間、酒を飲んでいなかったので、ここで久しぶりにいただく。

 池田屋跡にひさしぶりに「池田屋」を標榜した店ができた。地域活性に大きな役割をはたすだろう。個人的には、「主人」は新選組ではなく、池田屋惣兵衞であってほしいが、のぞめないことだな。

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