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2009.06.05

池田屋事件戦死者の法要に参加した

6/4(木)はれ

 午前中、締め切りすぎた原稿ひとつ、ようやくあげる。ひと安心。

 すぐに左京区岩倉にむかう。午後2時から、花園町の三縁寺で池田屋事件戦死者の法要がある。それに参加のため。

 毎年、6月4日午後2時から行われる。年々参加者がへっている。今年は6人。それと京都新聞の佐藤知幸記者が、取材のためきてくださった。

 子孫の参加もへった。でも今年は大高又次郎の子孫がおこしだった。1977年(昭和52)に40代後半で亡くなられた、檀家総代大高秀夫さんの妹さんの由。

 大高秀夫さんは、三縁寺が縄手三条から岩倉に移転する際、移動を求めた京阪電車とさまざまな折衝をされた方である。

 跡地に「維新史蹟池田屋事変三縁寺墓地跡」の標石を建てるよう、当時の京阪電車社長と話をつけられた。いまだ実現しないが、期待している。

 勝田良昭住職が今月でついに引退される。息子さんが引き継がれる。今回は、勝田良昭住職、最後の単独読経だった。

 いろいろ思うことがあった。なんとしても拙著『池田屋事件』は今秋に刊行させたいと、また思った。

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