石清水八幡宮の寺院建物はどこにいったか
6/19(金)はれ
くずし字入門に出講。
元禄期の洛中洛外の寺社の建造物の由来を記した史料を読んでいる。
今回は石清水八幡宮。残念なのは、そこで記された建物がまったく残っていないこと。
維新の廃仏毀釈で石清水八幡宮の寺院建物は全壊した。
八角堂や松花堂、泉坊書院のように、他所に移動して残っているものもあるのだろうが、その悉皆調査はなされていない。
同じく現存神社の神宮寺で廃絶した例でいえば、大和の石上神宮の内山永久寺(現天理市)。
こちらは東京国立博物館によって、散在した建造物などの報告書が出ている。
石清水もその調査がなされることを願っている。
なお本年の大河ドラマにからめていえば、天正14年(1586)の初上洛の際、上杉景勝は一旦大坂へ移り再び上洛する。
その途上の6月18日、石清水にも立ち寄り、塔頭の滝本坊に入った。今週の放映分にあたるが、さてその描写はあるか。
【追記】石清水の神仏分離については、鷲尾順敬「石清水神社神仏分離調査報告」『明治維新神仏分離史料』上に詳しい。
よみやすいものでは、臼井史朗「石清水の入札事件」『神仏分離の動乱』46-62ページ(思文閣出版、2004年)が手頃である。
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