豊臣大坂大名屋敷跡をあるいた
5/10(日)はれ
よみうり文化センター大阪教室の巡検で、大阪市中央区玉造に行く。
豊臣期大坂城の大名屋敷跡をあるくもの。
今回の事前学習できづいたこと。豊臣三都(京都・伏見・大坂)のなかで、もっとも大名屋敷研究が進んでいないのが大坂ではないか。
逆にとても進んでいるのは伏見である(『豊臣秀吉と京都』所収の森島康雄氏、山田邦和氏論文と、『政権都市』所収の拙稿を参照)。
こんなコースを行きました。
JR玉造駅→①前田利家・利長亭跡(付鍋島亭跡・島津亭跡)→②前波(場)勝秀(半入)亭跡→③宇喜多秀家亭跡→④細川忠興亭跡→⑤浅野幸長亭跡→⑥豊臣秀次亭跡→⑦佐竹義宣亭跡→⑧石田三成亭跡→⑨京橋口・豊臣期大坂城石垣→京阪天満橋駅
⑥と⑦のみ発掘調査の成果があり実証性が高い。
あとは櫻井成廣氏『豊臣秀吉の居城―大阪城編』の成果に依存した。
が、これはほとんど地名と後世の編さん史料(いわゆる二次史料)のみに依拠しているので、どこまで事実かよくわからない。この実証が今後の課題である。
大坂あるきをしているのに、京都(聚楽城)や伏見の話題を多くした。
そちらのほうが詳しいからだけれど、知らず知らず大名屋敷・豊臣三都比較論になっていて、個人的には充実していたような気がした。
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