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2009.04.28

伏見指月城跡から向島城跡まで歩く

4/27(月)はれ

 「基礎からまなぶ日本歴史」の月イチ巡検があった。本講で秀吉が亡くなり、家康が台頭しようとしているので、家康ゆかりの向島城跡をあるいた。

 JR桃山駅に集合。陽が出ているがすこし寒い。向島城とセットで建設された初代伏見城こと指月城跡推定地へむかう。伏見区泰長老の団地や宮内庁大光明寺陵になっている。森がうっそうとして、いまはとても観月できそうもない。

 観月橋(旧豊後橋)をわたって、向島城へ。

 本丸や二の丸の地名が存在することは知っていたが、中心部に本体と思われる地割が方形状に生きていたことに驚いた。受講者はこの感激にきづかれたか。

 お昼すぎ、近鉄向島駅で解散。終了後、有志と昼食へ。パスタがなかなかこないとか、注文したパンがいま到着したとか、苦情炸裂だった。

 みなさんとお別れしたのち、ひとりでもう一度、指月城跡推定地を歩きにきた。気になるところがあったため。

 そのまま徒歩で伏見山を歩きつづけた。途中、旧街道をあるき、拙宅もよりの駅に通じていることを恥ずかしながら初めて知って感激。だから「札の辻」とか道標が建っていたのかと気づいたり(写真)、久世郡木幡へまっすぐ通じてることも知ってさらに感激した。

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 感激中、NHK朝ドラ「だんだん」の脚本補助をした近しい親戚から電話あり。NHKの別のドラマの単独脚本を担当することになったと聞いて驚いた。えらい出世やないですか。こちらは敗北してきたぞ。

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