« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009.03.30

お龍(鞆)の新碑銘を掲示します

 3/29(日)記事のつづきです。新碑銘の全文を掲示しておきます。副碑原文には総ルビをふりましたが、こちらでは省いています。お許しください。

(表面)此付近 坂本龍馬妻 お龍 独身時代 寓居跡

(側面)此付近 京都府知事 中井弘 幕末期寓居跡

(裏面)二〇〇九年三月 特定非営利活動法人京都龍馬会建之

(副碑文)  

坂本龍馬の妻となるお龍()は、青蓮院宮に仕える医師楢崎将作・貞の長女でした。京都柳馬場三条下ル東側に住んでいましたが、文久2年(1862)620日、不幸がおきます。父の死去です。このため母・妹・弟をふくむ6人の遺族は困窮し、「京都の木屋町」もしくは「四条、うら通りの借家」に移住します。

こののち一家は離散し、お龍()は単身七条新地の扇岩なる店に入ります。母と妹君江は、洛東大仏南門前(現東山区本瓦町付近)の河原屋五兵衛(五郎兵衛)隠居所の土佐亡命志士の居所に住み込みで働きました。その縁で龍馬とお龍()は出会うことになります。木屋町の住居は、その直前まで住んでいた地として無視できません。

というのも、龍馬の書翰に記載されたお龍()の個性を知るエピソードに、妹光枝が悪い輩にだまされて大坂の遊郭に連れて行かれたが、彼女が単身乗り込み、ついに連れ戻すというものがあります。それが木屋町時代のことです。正確な位置は不明ですが、龍馬が「まことにおもしろき女」と愛したお龍()のゆかりの地として、ここ木屋町通に建碑するものです。

なお龍馬やその終焉地の主人近江屋新助とも交流のあった、滋賀県知事や京都府知事を歴任する中井弘も、中井弘蔵や田中幸助と名乗った幕末当時、木屋町の近江屋喜一郎の2階に寄宿していました。あわせて顕彰します。

                                   歴史地理研究者 中村武生

|

京都のお龍(鞆)史蹟碑の除幕式があった

3/29(日)はれ

 午後1時、「此付近 坂本龍馬妻お龍 独身時代 寓居跡」標石の除幕式がおこなわれ、お披露目された。ここに京都の坂本龍馬関係史蹟がまたひとつ生まれた。

 午後3時からは、周辺のお龍(鞆)旧蹟めぐりをいたす。20人ぐらい参加。かなり異質な見学会になったと思う。かならず典拠を示すという姿勢をつらぬいた。

※追記。除幕式のことは、京都新聞3/30(月)付夕刊9面の「洛中洛外」コーナーに報じられました。

Dcf_1521_2 

|

2009.03.27

東寺は洛中最高の寺だと思っている

3/26(木)くもり・雨・晴れ

  なんだか奇妙な天気だった。

  京都新聞文化センターの講座で東寺をあるいた。1時から5時まで。歩きすぎ。東大門(不明門)で「太平記」足利・新田の「一騎打ち」部分を読む(岩波書店の古典文学大系)。

 原文には「小門」とある。それが現東大門でいいのか、疑問を呈しておいた。

 南大門が洛東方広寺西門の移築だと記さず、単に慶長六年(1601)の再建とのみ記す。それはまずいだろう。金堂と同じく徳川初期に現位置に復興したように読める。言わないウソになってしまう。

 それでも東寺は洛中最高の寺院であると、ほめたたえることを忘れなかった。

 帰途、近鉄東寺駅前のブックオフでまた本を仕入れる。楽しいことだ。

 家に帰ったら「おはぎ」が置いてあったので、フォークを出すと、爆笑された。何がおかしいのかと思ったら、レプリカだった。レプリカにきづかずフォークを刺すところだった。

 精巧なレプリカだ。バレンタインデーのお返しだそうだ(うちは男女逆転したことをしました)。

|

2009.03.26

龍馬の妻お龍旧蹟にまた建碑した

3/25(水)はれ一時雨

  坂本龍馬の妻お龍(鞆)ゆかりの地に建碑がなされた。建立者は「特定非営利活動法人京都龍馬会」(赤尾博章理事長)。

主銘は「此付近 坂本龍馬の妻お龍独身時代寓居跡」である。中村武生が監修(碑銘ならびに解説文執筆)をしました。

 正確な位置は不明だが、「木屋町通」に住んでいたというお龍の回想に従った。建碑場所は京都市中京区木屋町六角下ル東側の都会館の入り口。

 除幕式は3/29(日)午後1時からです。

 終了後は、観桜をかねて龍馬とお龍ゆかりの地の見学会をいたします(案内:中村武生)。夜は酒場「龍馬」の2周年紀念パーティもあります。http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

 どうぞおこしください。

Dcf_1522_3 

|

2009.03.25

博士になられる町田明広氏

3/24(火)はれ

 基礎からまなぶ日本歴史に出講。

 秀吉の朝鮮の役のおはなし。豊臣政権における・・とか以上に、歴史観のことを強く申し上げた。

 詳しくは書きません。関心がある方はぜひ来てください。原則毎週火曜日、12時30分からです。

 そのあと、建碑会議。ちかぢか行われる直江兼続や上杉景勝屋敷跡のそれについて。一昨日、ほかにも申し入れがあった。それをどうするかだ。

 最近あらたに見つかった「是より洛中」標石でもりあがる。さっそく見学にあがる。やっぱり興味深い。

 夜、関東の町田明広氏(幕末史家)上洛。いつもの木屋町六角下ル「龍馬」でお目にかかる。「龍馬」はこちら→http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

 明日「博士」(佛教大学)になられる。そのお祝いの会。ながくごくろうさまでした。

 博士への揶揄(やゆ)。よく語られるはなし。

 足の裏にこびりついた米粒と同じ。「とらないと気になる。でも、とっても食えない。」

 そうかも知れない。でも「とらないと気になる」。中村武生はまだ取っていない。だから気になる。恥ずかしい。腹が立つ。

|

2009.03.22

祝日なのにくずし字に出講して京都の史学史をまなぶ

3/20(金・祝)はれ

 祝日なのに、「くずし字入門」があった。誰のせいでもない僕のせいである。

 休めばよかったと思う反面、祝日だからなのだろうなということがあった。新しい方が3人こられた。

 「基礎から学ぶ日本歴史」でもいわれることだが、仕事をしているので平日は来にくい由。そういう方には、今日行なってよかった。

 終了後、Y田K和博士邸へ急ぐ。平安京・京都研究集会の準備会があったのだ。

 近代京都の歴史研究史のようなシンポジウムが行われる。京都の史蹟論も専攻している立場から、とても興味深い内容だった。六月最終日曜日に行われる予定です。

 終了後、いつもの木屋町六角下ル「龍馬」に寄って、お店の経営に入れ知恵を少しして帰る。家に帰ってそれをいうと、「おまえは店のオーナーか」みたいにいわれる。なるほど。そういえば。だって繁盛してほしいもの。

 「龍馬」はこちら→http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php 

|

2009.03.21

五稜郭の戦いと江戸時代の観光論を語る

3/19(木)はれ

 昨日、時代劇専門チャンネルを受信・録画できるようになった。

 こんなにたくさん魅力な番組がみれるのか、驚いた。いかん、勉強せんようになるぞ。

 名古屋市の栄中日文化センターに出講。今期の最終回。

 「日本の城と合戦」講座は今回、五稜郭の戦い。ひさしぶりの幕末史。戊辰戦争論にながく時間をかける。ねむたくなかったですか。

 二時間目は「京都学」。江戸時代の京都観光を紹介。全然時間が足りなかった。

 疲れ果てて、夜、いつもの木屋町六角の「龍馬」に寄る。M尾さんご夫婦と歓談。

|

2009.03.19

秀吉の初の洛中城郭「妙顕寺城」跡をあるく

3/17(火)はれ

 午前10時、地下鉄「二条城前駅」改札に集合。ひさしぶりの「基礎からまなぶ日本歴史」の巡検である。

 豊臣(羽柴)秀吉の初の洛中城郭「妙顕寺城」跡をあるいた。写真と地図はこちら→http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/na005.html

 法華宗の名刹、妙顕寺の土地を摂取して利用したため、この名がある。

 その位置については、天正3年(1575)10月18日付の安堵状により、北は二条通、東は西洞院通、南は三条坊門(現御池通)、西は油小路の南北2町(東西1町)とわかる(妙顕寺文書)。

 現在その中心部が「古城町」「下古城町」となっていて、地名がその旧蹟地をしる貴重なデータになりうることを示してくれている。

 その地が閑院内裏跡とほぼ一致することを指摘する。

 閑院内裏は、内裏廃絶のあと使用された里内裏のなかでも、もっとも長期間使用されたものだろう。平安後期の後三条院から鎌倉中期の後深草院までの約150年にあたる。

 「妙顕寺城」跡が閑院内裏跡と一致するのは偶然ではないのではないか。というのも、このあと営む聚楽城も平安宮内裏跡である。

 古代の天皇の居所のうち、最重要のものがふたつとも秀吉の城郭に踏襲されている。

 ①当初の聚楽城の北限が一条通であったり(平安京・平安宮の北限と一致)、②ミヤコの惣構(城壁・環濠)の御土居堀の南限が九条通であったり(平安京の南限と一致)、③西限が朱雀大路にほぼ一致している。有職故実にたけたものが豊臣政権にいて、秀吉に勧めたのだろう。王朝時代の「場所の記憶」を意識しているのだろう。

 この四至をあるいたあと、中心部にある西福寺(小川通押小路西入ル北側)門前の城跡を示す石標をながめる。そこにこれまでなかった閑院内裏跡の解説板が建てられていたのは興味ぶかかった。

 なぜなら閑院内裏跡を示す石碑は、少しだけだが離れた別の場所に立っているから(小川通押小路の交差点北西角)。おなじところに立っていることの意義は大きい。わかりやすい。

 そのあと地下鉄で移動し、城建設により強制移動させられた、現在の妙顕寺を参拝する。このあたりは東の「寺町」・南の「本願寺寺内町」とともに洛中につくられた北の寺院街「寺之内」にあたる。

 妙顕寺の広い旧境内をあるいたあと、せっかくだから「寺之内」地区もいろいろみてあるく。

 悲田院跡を踏襲した大応寺のおかげで、隣接して現存する「後花園天皇火葬塚」(北区堀川通紫明下ル)が、たくさんある天皇火葬塚のなかで珍しく事実の可能性が高いことなどを述べる。すばらしい。

 お昼をとっくにすぎた午後1時になって解散。有志でお昼ご飯。御土居堀跡の隣地の中華料理店「鳳舞」に行く。

|

2009.03.17

NHK大河ドラマ「草燃える」放映に狂喜

 僕をこの世界に導いた力のひとつにNHK大河ドラマがある。

 小学校六年生だった1979年(昭和54)、歴史を学校でまなんでのめりこんだ。

 その年の大河ドラマは「草燃える」だった。途中から見だした。

 拙宅にビデオが来たのは、1982年(昭和57)だったから、当時視聴した回でも手元で保存していない。いま一度みたいものだ、と願っていたが、総集編以外は発売されていない。放映分のすべてが保存されていないとも聞いていないので、発売されることは困難とあきらめていた。

 来月からスカイパーフェクトTVの「時代劇専門チャンネル」で、「草燃える」現存回の放映が開始されると知った。狂喜している。

 「時代劇専門チャンネル」に登録していなかった。さっそくその手つづきをすることにした。詳しくはこちら→http://www.jidaigeki.com/taiga/

 まったくの偶然でこのことを知った。きづくのが遅れたら地団太をふんだことだろう。ぎりぎりまにあった。呼ばれたのだ。やはり願いは必ずかなうのだ。ありがとうございました。

|

2009.03.16

拙稿をもって伏見見学をしている人にあった

3/15(日)はれ

 ふつかあいてしまった。

 最近、また「晴れ男」名誉挽回である。

 3/12(木)午後、3/14(土)午後、本日午後と巡検をしたが、雨がふったのは3/13(金)終日と3/14(土)午前中だけだ。みごとにかわした。すごい。

 おこしやす大学は、直江兼続ゆかりの伏見城下町をあるくの最終回だった。41人のご参加。申し込みは50人以上。10人以上もキャンセル待ちの由。

 島津屋敷跡付近の、伊達街道下板橋通東入ル付近で、本日受講者に配布した、JR西日本刊行『京都散策』冬号の京都史蹟案内・拙稿「武家の首都伏見」のページを開いてこっちへむかってくるカップルをみる。

 最初は「この会の参加者だ。なんで進行方向を反対にこちらへむかってくるのか」と不思議だった。そんなわけあるか。まったく我々の団体とは無関係の人たちだった。単純にJR西日本のどこかの駅で冊子を手に入れ、その案内にしたがって、単独で史蹟めぐりをしていたのだ。

 まったく驚いた。考えてみれば当然あるべきことなのだが、拙稿をもって歩いている人を初めてみたものだから、にわかには信じられなかった。

 ところがそのあと、さらに同じくそのページを開いたふた組とすれちがった。なんて奇特なひとびと。

 感激の余韻にひたる間もなく、御香宮での解散のあと、京阪電車に飛び乗る。5時から木屋町六角「龍馬」で寺子屋・龍馬の講座があるのだ。「龍馬」はこちら→http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

 本日は「武市半平太論」。武市半平太の魅力を語ったつもり。30分オーバーの1時間30分でおわる。寝る人もなく、ありがたいことだった。

 4月からは場所を変えて「基礎からまなぶ坂本龍馬」に衣替え。またどうかよろしくお願いいたします。

 

|

2009.03.13

【講座】京都の江戸時代を歩く

 拙著『京都の江戸時代をあるく』の関連講座を、JR京都駅前で行います。

【予定】

4月22日(水)13:00~14:30 (教室) テーマ

 「先の大戦」は応仁の乱!? ―大事にされない京都の江戸時代」

5月27日(水)13:00~14:30 (教室) テーマ

 「河原町と寺町はどちらが古い―豊臣秀吉の京都改造」

6月24日(水)13:00~15:00頃(現地) テーマ

 「豊臣秀吉の痕跡をあるく―河原町・寺町・ミヤコの城壁」

 入会金不要。1回2,100円(税込)ですので、比較的お得です。

 大阪よみうり文化センター京都校での開校です。よろしければお越しください。詳しくは→http://www.oybc.co.jp/link/kyouto/k-news.html

|

2009.03.12

龍馬遭難を同じ日の同じ時間に体感した

 なんだかあいてしまった。しまった。

 去る10日未明のナイトツアーはけっさくだった。

 参加者わずか6名だったが、だからこそおもしろい。小回りがきくし、とにかく「ここだけの話」をしやすい。龍馬と慎蔵が逃げ込んだ材木納屋はどこにあったのか、その考察をした。

 材木納屋跡伝承地付近で、空がしらみだした。史料どおりだ。すごい。もう少し滞在したら、史料通り、各商店が開店準備をはじめるころ薩摩屋敷跡に到着できた(実際は早めに着いた)。

 6名の集合場所への到達手段がまったくそれぞれで面白かった。なんせ午前3時である。

 自宅から歩いて来た(30分)、タクシーで来た、職場からバイクで来た、自家用車で来て駐車場にとめた(ネクタイ姿だった。そのまま出勤される由)。

 いちばんおもしろかったのは、終電でもよりの駅にきて、午前3時までちかくの飲み屋にいたというもの。ちょうと店の看板(終了)も午前3時だった由。

 こんなおもしろいことに多くの方が参加されない、関心がないのか、残念と思っていたら、そのあとメールやら直接やらで、「行きたかったのだ」という連絡をうけた。

 そうだろう、こんなイベントほかに絶対ないもの。詳しい様子はこちら→ http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

|

2009.03.09

本年度の山科醍醐こどものひろばのしめくくりに

3/8(日)はれ

 朝から山科アスニーへ。いつもの山科醍醐こどものひろば(朱まり子理事長)に参加のため。サイトはこちらhttp://www.kodohiro.com/

今年最後のつどい。参加したこどもの1年間の感想を聴いたり、完成した冊子の配布が行われた。

 未就学児童のなかには、前に出たのに声がでなかったり、せっかくノートにまとめて来たのに緊張のため泣きだしてしまった子などがあった。

 スタッフのなかには、そうまでして前に出させよかったかと反省される方もあったが、学校以外の場でこんな経験なかなかなく、とてもよいことだと思った。

 出来上がった冊子をみた感想。2度ほろりときた。すてきな冊子だった。中村武生も一筆かいています。写真にもすこし登場しています。当日の様子はこんな感じ↓

http://blog.canpan.info/0622/

希望者はhttp://www.kodohiro.com/にご連絡されてはいかが? 残部があるかも。

 午後から同ひろば内「山科子どもNPO実行委員会」主催の地域活性化シンポジウムのパネラーになった。こういう内容→http://www.kodohiro.com/modules/bulletin2/article.php?storyid=49

 6人のいろんな立場のパネラーだった。現役高校生(女子)もいた。が、山科地域をよくしたいという思いはまったく同じだった。

 とてもすばらしいシンポだった。参加者約30名。部屋のキャパではちょうどよい人数だが、内容のよさにはあまりに少なかった。残念でならなかった。

 山科子どもNPO実行委員会は、2年間行われてきた文部科学省の「学びあい・支えあい」地域活性化推進事業の一環だが、本年度で打ち切りになる。

 文部科学省が補助金を打ち切ったからだ。財務省が事業全体に成果を認めなかったからという。文部科学省や財務省の担当者にみにきてほしかった。何をみての判断なのか、確認すべきであった。

 朱まり子さんのあつい思いに胸うたれた。

|

2009.03.08

行列にならんで名古屋で話し京都でまた話す

3/7(土)はれ

 忙しい日だった。

 ある用事で、朝6時45分から行列に入った(アイドル歌手のサイン会ではない)。3番目だった。8時半に「開店」。早々に受け付けられた。ありがたかった。

 そのあと名古屋へ向かう。栄中日文化センターの日。新撰組の手紙を読む講座の最終回。これまで気づかなかった、あるネタにつきお話しする。近藤勇はおもしろいとあらためて思った。

 受講者と茶話会をしたのち、京都へ戻る。龍馬講座に出講。龍馬の寺田屋遭難事件を信用できる史料で検証し、薩摩屋敷への逃亡ルートを復元してみた。詳しい様子は、以下の「龍馬」ブログをご覧ください→http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php

 その実地見学会を、3/10(火)午前3時(午後3時ではない)から行います。ぜひ来てください。詳しくは本ブログの前日分をご覧ください。

 これまでの「寺子屋龍馬」は3月で終わり、4月からは「基礎から学ぶ坂本龍馬」に移行します。第3日曜日です。詳しくはまたお伝えいたします。

 忙しい日だった。

|

2009.03.07

【見学会】龍馬の寺田屋事件を同じ日の同じ時間にあるく

 マニアな坂本龍馬イベントのご紹介です。考えられない集いです。

 「龍馬の寺田屋事件を同じ日の同じ時間にあるく」

 講師:中村武生(歴史地理研究者/京都女子大学非常勤講師)

 集合時間:2009年3月9日(月)27時(3月10日(火)午前3時。お間違えなく。深夜未明です)

 集合場所:寺田屋前(京都市伏見区南浜町)

 コース:慶応2年1月23日(1866年3月9日)夜の坂本龍馬の寺田屋脱出ルート

 解散場所:伏見薩摩屋敷跡(伏見区東堺町濠川筋下板橋通)

 解散時間:3月10日(火)夜明けごろ

 参加費:1,000円

 主催:龍馬カンパニーhttp://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php?d=04&m=03&y=09&category=3(中京区木屋町六角下ル都会館1階「龍馬」)

|

2009.03.06

NHK新番組の取材をうけた

3/3(火)

 基礎からまなぶ日本歴史に出講。今日は受講者、すこし多かった。昨日ブログに今月のスケジュールをのせたからだろう。豊臣秀次滅亡のはなし。まだまだつづく。

 終了後、NHK大阪放送局の番組制作ディレクターのT木さんから取材をうける。昨日突然、メールをいただいた。

 NHK「そのとき歴史がうごいた」が今月でおわる。その後継番組が4月からはじまる。「歴史秘話ヒストリア」というそうだ。

 そこで池田屋事件を中心に新撰組をとりあげるので、中村武生の池田屋事件論、新撰組論を語れ、ということだった。二時間ほど語る。語ったことをそのまま活かされたら、かなり先鋭な番組になるだろう。が、一般視聴者にはあまりに違和感があるだろう。

 どうなることやら。楽しみだ。6月の放送予定だそうだ。

|

2009.03.05

4月から京都新聞でまた連載をするらしい

3/4(水)はれ

 講談社メルマガ原稿にたちむかう。

 池田屋事件論、おおづめ。やっとわかってきたぞ。そうか、池田屋事件ってこういう事件だったのか。

 夜、京都新聞社のS記者と、いつもの木屋町六角の「龍馬」でお目にかかる。

「龍馬」の地図は右→http://kyoto-ryoma.jp/blog/index.php?d=04&m=03&y=09&category=3

 4月からの新連載の打ち合わせ。楽しいことになりそうだ。

|

2009.03.04

【講座】中村武生のくずし字入門3月日程

 昨日も楽しいことがあった。一昨日はもっとだった。書きたいことはたくさんあるけど、すいませんが、また講座案内です。

   中村武生のくずし字入門 3月日程

 3/6(金)12時30分~13時40分

 3/13(金)12時30分~13時40分

 3/20(金)12時30分~13時40分

 3/27(金)12時30分~13時40分

       (4月以後は、3月上旬に決定いたします)  

 会場:キャンパスプラザ京都(下京区西洞院塩小路下ル東側)5階の第3・4演習室 http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=585&frmCd=14-3-0-0-0

 参加費: 500円  

 ※予約不要です。直接おこしください。  

 ※2006年8月からつづいている「くずし入門」です。

 ※最近は初歩的なものにもどりました。はじめておこしになるなら、いまです。

 内容:江戸時代京都の大名屋敷に関するくずし字を読みながら、豊臣期から明治維新期までの京都の歴史をまなんでいます。

 

|

2009.03.03

【講座】坂本龍馬の寺田屋事件を検証する

 なんか、毎日講演案内ばっかりで恐縮ですが、せっかくの企画ですので、みなさまにおこしいただきたく記します。すんません。きいてください。

中村武生の龍馬カンパニー特別講座

「坂本龍馬の寺田屋事件を検証する―実際の前々日に」 ※龍馬遭難の寺田屋事件は、西暦1866年3月9日(慶応2年1月23日)深夜です。

講師:中村武生(歴史地理研究者、京都女子大学など非常勤講師)

日時:2009年(平成21)3月7日(土)18:30~19:40

参加費:1000円  定員60名

場所:キャンパスプラザ京都 5F 第3,4演習室。地図は以下↓
      (JR京都駅ビックカメラ前) http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=585&frmCd=14-3-0-0-0

お問合せ: 龍馬カンパニー
      京都市中京区木屋町六角下ル材木町184 
      TEL/FAX 075-211-3666

|

2009.03.02

【講座】三宅安兵衞遺志の碑のおはなし

 最近、定期的に三宅安兵衞遺志の碑の講座を行っております。

 京都府下南部に私財を投じて400基の建碑を行った父子のはなしです。なんのためにそんなことをしたのか。その結果、何がおきたのか。現状はどうなっているのかなど、あいかわらずあつく語ります。

 「京都史蹟ものがたり―三宅安兵衞遺志の碑」です。以下、スケジュールです。

3/22(日) 「酬恩庵一休寺と田辺の古墳群など」

4/19(日) 「伏見・淀の旧蹟」

5/17(日) 「乙訓郡の旧蹟」

6/21(日) 「城陽・宇治田原・井手の旧蹟」

講師:中村武生(歴史地理研究者、京都女子大学など非常勤講師)

時間:午前11時~12時30分 ※終了後、茶話会も楽しんでおります。

参加費:千円(茶菓が出ます)

主催:伝統プロデュース・連

詳しくは右に→http://www.ren-produce.com/sagano/club/rekisi/index.html

|

2009.03.01

近江で龍馬の通った道のはなしをした

2/28(土)はれ

 滋賀県大津市浜大津で講演した。近江で講演は珍しいことだ。

 1998年11月の長浜以来か。

 近江龍馬会(柴田與一郎会長)の発足紀念だ。名誉なことだ。

 「坂本龍馬と近江」というタイトルだった。いつものような使いまわしのはなしではなく、まったくのオリジナルな内容だった。龍馬の通った道のはなしをした。ちょっと頑張った。

 はなしが受けたかどうかはわからないが、拙著『京都の江戸時代をあるく―秀吉の城から龍馬の寺田屋伝説まで』は15冊も売れた(文理閣、2008年10月)。

 評価いただいたことにしよう。記事は以下↓

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009030100043&genre=K1&area=S10

http://mytown.asahi.com/shiga/news.php?k_id=26000000903020002

|

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »