伏見城公開を論じてラジオ収録をして友人の仕事を羨望する
2/24(火)あめのちくもり
基礎からまなぶ日本歴史に出講。
冒頭まず、先週の伏見城跡(明治天皇陵)公開について、濃厚なコメントをする。
本講座にかぎらないが、僕は必ず出講すると最近の歴史情報を話題にし、それへコメントをしている。歴史は昔ばなしかもしれないが、新聞などに載るネタは「現在」なのだ。それを論じないと、いまやるかいがない。
本題もようやく、伏見城。
天正19年(1591)は京都の歴史にとって重大な変化の年だったが、豊臣政権、いや個人秀吉にとっても、忘れがたい年だったはずだ。
実弟秀長、千利休が死んだ。そしてなによりも鶴松の夭折。
秀次への家督相続がこの年末。鶴松の死が影響しているに相違ない。これにより秀吉は関白と聚楽城を秀次に譲渡し、みずからは伏見へうつる、というはなし。
聚楽城と伏見城のその後は、まだまだこれから。
終了後、特定非営利活動法人(NPO法人)京都歴史地理同考会の幹部会議。
つぎの建碑をいつにするか。お金は足りるか、などを議論。建立地は決まったのだ。NHK大河ドラマ「天地人」ゆかりの地、京都(洛中)の上杉景勝邸跡、および直江兼続邸跡推定地だ。が、お金が足りなかった。
どうか寄付をお願いします。大口でなくていいです。まずは千円、いや500円からどうですか。「私がお金を出したから建てられた」といえますよ。
その後、寺町三条へ出て、三条ラジオカフェ(FM79.7)に入る。ラジオ収録である。「龍馬の時間」と「中村武生の京都歴史探偵」である。3月分をまとめて録った。
「龍馬の時間」(毎週水曜日午後1時30分~3分間)は今回は俳優のしげるさんがゲストで、楽をさせてもらった。あんまりしゃべらなくても済んだ。
「中村武生の京都歴史探偵」は、ひとり語りなので、そうはいかん。
伏見城跡公開のこと、NPO山科醍醐こどものひろばのシンポジウムのこと(3月8日です)、久住真也さんから恵贈された高著『幕末の将軍』(講談社選書メチエ)のことなど語る。
「中村武生の京都歴史探偵」は、三条ラジオカフェ(FM79.7)毎週木曜日午前10時30分から3分の番組です。
いまだ「聴いている」という人に会ったことがないので、よろしくお願いいたします。聴いてください。
その後、河原町三条に出て、来年のための、ある「龍馬プロジェクト」を議論。
つづいて河原町パルの「ジュンク堂書店」7階の人文コーナーへ行き、ダメージをうける。いつもここにくると、多数の新刊・既刊に圧倒される。「友人が論文集出していた、やられたー」とか、「こんな本出てたのか、知らんかったー、また金がいるー」とか。
自分の不勉強を指摘される場所なのだ。つらい。
木屋町六角の「龍馬」に立ち寄って、うっぷんを晴らして、帰宅。おいしいご飯をいただく。まもなく疲れ果てる。倒れるように寝る。
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