« 尊卑分脈と吾妻鏡が各105円。 | トップページ | 伏見城を攻めて御土居薮支配を考える »

2009.02.18

【シンポ】山科の地域活性化シンポジウム

 山科(京都市山科区)の明日を考えるシンポジウムが行われます。

 僕もパネラーで参加します。よろしければおこしください。当日は、山科の、できたばかりのよみやすい冊子を差し上げます。無料です。 

地域活性化シンポジウム
日時:2009年3月8日(日)午後1:30~3:30
場所:山科アスニー 実習室(JR・地下鉄山科駅下車、南へ徒歩5分ていど)

ご参加頂く方:山科醍醐に興味・関心を御持ちの方ならどなたでも
参加費:無料(予約不要)

 この1年間の、山科子どもNPO実行委員会の活動を振り返り、どのような成果があったのかを検証すると共に、これからの私たちは、地域でどういう動きを創れるのか、創るべきかを話し合います。

 御来場の皆様には、新たに完成した、地域紹介のパンフレットを御持ち帰り頂きます。

 コーディネーター 幸重 忠孝(社会福祉士・スクールソーシャルワーカー)
 パネラー     中村 武生(歴史地理研究者、同志社大学嘱託講師)
          中澤 博子(民生児童委員)
          山元 恵 (ノーバディーズパーフェクトファシリテーター・保育士)
          松原 弥生(高校生・町たんけんボランティア)
          朱 まり子(NPO法人山科醍醐こどものひろば理事長)

【コーディネーター・パネラーのプロフィール】(敬称略)
幸重忠孝(ゆきしげ・ただたか 社会福祉士・スクールソーシャルワーカー)

 1973年岡山出身。

 学生時代から山科で生活をし、NPO法人山科醍醐こどものひろばでユースリーダー、ボランティアコーディネーターとして活動。

 大学卒業後、児童養護施設の指導員、大学教員を経て、現在は小学校でスクールソーシャルワーカーとして勤務している。

 学校現場で課題のある子どもや家庭と関わる中で地域に家庭や学校と違う第三の居場所、親や先生と違う第三のおとなの存在の必要性を感じている。

中村武生(なかむら・たけお 歴史地理研究者、同志社大学嘱託講師)
 1967年(昭和42)、大阪府出身。
 佛教大学大学院文学研究科修士課程(日本史学専攻)修了。
 山科との縁は、1993年~1998年、修養団体一燈園(四宮柳山町)につとめ、高校教員や創始者西田天香の調査・研究に従事したことにはじまる。
 在職中に、西野左義長町での山科本願寺・寺内町遺跡破壊問題に直面し、以後「山科本願寺・寺内町を考える市民の会」の運営にかかわる。
 1998年からフリーの研究者となる。
 市民への歴史啓発の一環として、路傍に石碑を建てることを推進中。
 昨年は「是より洛中」、「小松帯刀寓居参考地」、「坂本龍馬妻おりょう実家跡」、「伏見薩摩屋敷跡」などの建立にかかわった。
 現在、京都女子大学・天理大学などの非常勤講師、特定非営利活動法人京都歴史地理同考会理事長。
 単著に『御土居堀ものがたり』、『中村武生の京都検定日めくりドリル500問』(以上、京都新聞出版センター)、『京都の江戸時代をあるく―秀吉の城から龍馬の寺田屋伝説まで』(文理閣)がある。

中澤博子(なかざわ・ひろこ 安朱学区主任児童委員・社会福祉協議会副会長)。
 平成6年から足掛け15年、安朱学区主任児童委員として地域の0歳~18歳の親子を支援。
 個別支援の傍ら平成14年よりエンゼル・サポート・サロン事業を学区社協と共催で実施。
 子育て講座た他団体の協力を得て幼児・小学生を対象にしたプログラムや山科区で初めて中学校区で思春期連続交差を展開。
 平成16年よりさらに0歳~就園・就学前の親子の子育て相談を兼ねたtea capサロン事業実施。
 現在年10回の継続事業に成長。
 2人の孫娘のばあばとして毎日が真に小春日和の日々を送りながら、この地域で子育てしたい・してよかったと思える地域づくりを目ざして活動継続中。

山元恵(やまもと・めぐみ ノーバディーズパーフェクトファシリテーター・保育士)
 両親が共働きのため保育園で育てられ、同じように働く親を持つ子どもに接したいと保育士になる。
 子どもが幼稚園に行くまでの遊び場所として何もしないサークル「ピーターパン」を立ち上げ、より親子で楽しむ子育てサークル「あそぼっぽ」に参加、現在は代表を務める。
 山科区で子育ての情報を共有したいという思いで「山科子育てサークル連絡会」に関わる。
 3年前から元の職場に復帰。ノーバディーズ・パーフェクトのファシリテーター。

松原 弥生(まつばら みつき 市立高校1年・町たんけんボランティア)
  平成5年に生まれ、幼い頃から『観劇』『わんぱくクラブ』『町たんけん』などを中心に、こどものひろばの活動に参加していた。
 高校1年の春からは『町たんけん』のボランティアスタッフとして活動している。

朱 まり子(しゅ・まりこ、NPO法人山科醍醐こどものひろば理事長)
 1952年、山科本願寺南殿跡 (国の史跡)近くで生まれ育ち、保育園から高校まで徒歩で通学する。
 ホタルの舞う、豊かなこの地で過ごした子ども時代を思い起こし、年齢層に拡がりを持つ地域ネットワークを構築することでの地域再生を目標に活動をしている。
「町たんけん」「地域紹介パンフレットの作成」「げんきスポット0-3」(乳幼児と親の施設)を中心に、「NPO法人山科醍醐こどものひろば」で活動している。

|

« 尊卑分脈と吾妻鏡が各105円。 | トップページ | 伏見城を攻めて御土居薮支配を考える »