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2009.01.29

源家康ではなく豊臣家康だろうといった

1/27(火)はれ

 あたたかい日だった。

 基礎からまなぶ日本歴史、本日は聚楽行幸。

 「聚楽行幸記」にある、秀吉への忠誠をちかう起請文の有力大名の署名に「源家康(みなもと・の・いえやす)」とあるのは(桑田忠親校注『太閤史料集』114ページ、新人物往来社、1965年)、後世の改変をうけた可能性がある、正しくは「豊臣家康」(とよとみ・の・いえやす)だろう、とのべた。

 前田利家や宇喜多秀家が「豊臣利家」(とよとみ・の・としいえ)、「豊臣秀家」(とよとみ・の・ひでいえ)であるし、子息徳川秀忠が「豊臣秀忠」(とよとみ・の・ひでただ)として叙任した文書が宮内庁書陵部に蔵されている。

 『徳川実紀』正保2(1645)58日条に、徳川家光が朝廷に家康の叙任状を再発行させた記事がある。このとき改変された可能性が下村效氏によって指摘されている(『日本中世の法と経済』、続群書類従完成会、1998年)。

 教室内で異議が論じられたが、慶長8年(1603)の征夷大将軍宣下での「源家康」(みなもと・の・いえやす)はいいが、秀吉死去の慶長3年以前は「豊臣家康」(とよとみ・の・いえやす)だろう。来週もこのはなしをしよう。

 終了後、特定非営利活動法人「歴史地理同考会」監事Kさん、総務K畑さんと洛中某所の建碑について、地権者へお願いにあがる。好感触だった。喜ぶ。

 ちなみにその場所は、本年NHK大河ドラマ「天地人」主人公、直江兼続の京都屋敷伝承地である。

 夜、大阪・梅田の映画館で「少年メリケンサック」の試写会に参加。宮崎あおいさんの主演作品である。妹からの誘いである。宮崎あおいさんの舞台あいさつを期待したが、なかった。

 宮藤官九郎さん監督作品だが、宮崎あおいファン以外が喜べる映画のようには思えなかった。

 妹は急な仕事で試写会のあと、急いで立ち去ったので、夕食もせず帰京する。木屋町六角下ルの龍馬にすこし立ち寄る。

 数年前に話題となって以来、ブックオフでみつけたら買おうと思っていたベン・ヒルズ著、藤田真利子訳『完訳/プリンセス・マサコ』(第三書館、2007年)をみつけたので、手に入れて読んだ。

 予想通りおもしろかったので、あいた時間をつかって2日で読み切った。すべてが事実ではないだろうが、日本人ではきづけない視点や情報が多く、学ぶこと大だった。

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