なぜ霧島神宮ではなく華林寺なのか
わからないことがあった。
霧島神宮前に「龍馬、ハネムーンロード」という解説板が建てられている。そこに「龍馬とお龍 霧島新婚旅行」年表が掲載されてある。
龍馬夫妻は、慶応2年3月29日、高千穂登山をしている。その日の宿泊地のことだ。
「華林寺泊」とあった。
龍馬の手記(坂本龍馬手帳摘要『坂本龍馬全集』4訂387ページ)や書翰(同年12月4日付乙女宛、同145ページ)によると、当日の宿泊地は霧島神宮(「霧島ノ宮ニ宿ス」「きり島の社・・・其所ニて一宿」)である。
もちろん華林寺は霧島神宮の神宮寺であるから、同一といえばそうなのかも知れないが、でもやはりそれなら「霧島神宮泊」であるべきである。
それにもかかわらず「華林寺泊」とするのはなぜだろう。何か、別の史料があるのだろうか。年譜の資料提供者が、薩摩龍馬会になっていた。知りたいものである。
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