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2008.11.27

方広寺で登山し松山屋敷の解体を読んで新碑銘文に悩んだ

11/26(水)はれ

 京都女子大学に出講。今日は巡検。大学周辺の「明治天皇聖蹟標石」をみてあるく。

 「明治天皇聖蹟」問題は、文化財と政治を考える上で大変興味深い。

 あいかわらず大仏地区のことなので、毎年恒例化している方広寺石塁北辺の遺構をあるく。ミニ登山である。住民は嫌がるが、公有地だろうし、許してください。教育のためなのです。

 午後から「くずし字入門」。あいかわらず京都の大名屋敷の解体を追いかけている。

 今回から西堀川御池下ルの備中松山屋敷。敷地は町人が使用したいと希望し、大名屋敷にあった稲荷社を三町に払い下げてほしいといっている。

 大名屋敷にあった稲荷社が、その後どうなったのかを知る好史料だと思う。今後もいろいろ使うと思う。

 ちょっとお茶をして、某所aにこもる。3時間かけて、来月下旬に建設予定の伏見区某所bの碑銘を検討する。完成した。

 夜は東京のある方と懇親予定だったが、体調を崩された由、御目にかかれなかった。碑銘を読んでいただきたかったのだが。残念。

 それはともかく、こちらは予定どおりいつもの「龍馬」で、マスコットガールを横においてすき焼きをいただいた。

 銘文をみていただきたかったので、総務部長のKさんも急きょ来られて、検討してもらう。建碑の除幕式は12月25日(木)の予定です。

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