方広寺道場って何だろう
10/29(水)はれ
京都女子大学に出講。先週のつづきで、幕末、天誅組論。
大和で挙兵し転戦する天誅組だが、出発は洛東「方広寺道場」。すなわち京都女子大学のおひざもと。それゆえにとりあげる。場所の意義を考える歴史地理を教えているから。
「方広寺道場」が出発地であることは、文久3年8月14日付の中山忠光の廻状によってわかる。
「有志之徒は、正八ツ時限り方広寺道場へ遅滞無く参着致されるべき者也」とある。とても興味ぶかいのだが、その来歴がわからない。
唯一、平尾道雄の『吉村虎太郎』に、平井収二郎と板倉筑前介がはなしあって、彦根の岡本半介が金を出してつくったものある(220ページ)。
が、典拠がわからない。
大日本維新史料稿本にも該当綱文がないのできづけない。『山内家史料 公紀綱文集』でも拾えない。
ご存知の方、教えてくださるとありがたいです。
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