禁門の変の進軍ルートをあるく
9/11(木)はれ
京都新聞文化センターの「篤姫と幕末史」講座に出講。
今回は禁門の変を巡検する。
益田右衛門介を総大将とする、天王山の軍勢のコースを疑似体験することにした。
乙訓郡大山崎の離宮八幡宮を出発・西国街道を北上、樫原(かたぎはら)で山陰街道に合流して東行。
桂川をわたり旧西七条村で北上。松原通で御土居堀を通過して京都に入り、さらに柳馬場通を北上して堺町御門にたっするという「天王山義挙日記」のコースを行きたかった。
が、さすがにそのすべてをあるくのは無理。
で、かろうじて樫原までいった。
元治元年(1864)7月19日午前4時ごろ、ここで兵糧をつかった。すなわち朝食を食べた、その「天王山義挙日記」の当該部分を読む。
今日は暑かった。担当Yさん疲れはてながらもついてきてくれた。
次回、今講座最終回です。
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