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2008.08.30

転居しました

8/27(水)
 転居しました。

 たいへんな引越しでした。
 生きた心地がしませんでした。
 荷物が多すぎて。
 入らへんかと思いました。

 お手伝いくださったみなさんに深甚の謝意を表します。

 夜は東京の桐野作人さんにあいに、いつもの木屋町三条の「龍馬」へ行く。
 建碑したての堀川一条の小松帯刀寓居碑を、鹿児島のテレビ局が撮影。
 桐野先生、その前でコメントするため上洛の由。 

 京都国立博物館の宮川禎一先生もおこしだった。

 インターネット、あいかわらずできない。
 実は購入したパソコンも結局使う暇がなく、買ったまんま。
 えらいこっちゃ。

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2008.08.26

山科随心院の創始のこと拝聴する

8/24(日)
 山科本願寺・寺内町を考える市民の会主催の講演会がある。
 転居直前の超多忙のなか、出席する。
 
 やっぱり草野顕之博士がおこしだった。
 忙しいを理由にさぼらなくてよかった。

 上島享先生のご講演。
 参加者、いつもより圧倒的に多い。さすが山科ネタ。
 いやそれ以上に、上島先生の魅力。
 随心院の創始、仁海のこと、興味深く拝聴した。

 参加者の多くが興味ぶかかったことだろう。

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2008.08.24

転居ちかし

8/23(土)

 だいぶ空いてしまいました。
 パソコンはAさんの尽力でなおったはずですが、なぜかインターネットができない。
 当然メールもできない。

 ついに修理に出しました。
 やむをえずあたらしいパソコンも買いました。

 が、転居目前の忙しさで仕事が停止。
 せっかく手に入れたパソコンも手をつけずにおります。

 掃除も没頭するとおもしろいものだ。
 捨てるものも増えてきて、なんだか進んでいる感じをうける。

 まもなく転居の日だ。
 

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2008.08.19

八月十八日への思い入れ

8/18(月)はれ
 八月十八日、である。
 もともと思い入れのある日だが、今年はとりわけそんな気がする。

 いうまでもない。

 八月十八日の政変の日である。
(文久3年=1863年。いまの暦では9月30日らしいが)

 豊臣秀吉の祥月命日でもあるが(慶長3年=1598年)。

 昨年・今年はいろんなところで幕末史を講じた。
 八月十八日の政変がいかに「歴史を動かした」か、語ってきた。

 だから8月18日ときくと、「八月十八日」やと思うわけです。

 そんな日に町田明広氏からメールがきた。
 うれしいなあ。
 幕末史家にして、「八月十八日の政変」の学術論文のある方である。

 しかも同論文を、僕の講談社メルマガに参考文献としてのせさせていただいたことへの御礼だった。
 
 今日はひさしぶりに大阪の「秘密結社」に行った。
 またいくつか署名して捺印した。

 来週もくる。
 それが最後。ながくかかったが。

 来週引越しだ。
 運送屋さんがみにきてくれた。
 モノの多さにあきれておられた。そういわれてもなあ。
 捨てれるものなら捨てたい。
 
 本は諸刃の剣である。

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2008.08.17

五山送り火だあ

8/16
 明日、寺子屋龍馬に出講予定。
 京都国立博物館蔵の龍馬史料の講座。
なんと、宮川禎一先生がこられるという。

 それはあかんやろ。
 宮川先生にかてるわけがない。
 こられるならかわってほしい、といいました。
 かわってくれない。

忙しいのだけど、予習にきました。
 二度目の展示見学にきました。

 会場に宮川先生おられました。
 明日の予習にきましたという。

 会場で東京のC野F哉氏から声をかけられる。
 え、明日参加は聞いていましたけど、今日からこられているとは聞いていなかったよ。

 参観後、歓談にいく。
 長州志士が遊びまくった木屋町御池の鴨川沿いの店にいく。

 C野氏、五山送り火みたことがないという。
 ではいきましょう。

 鴨河原の丸太町から「大」と「妙」をみる。
 ひさしぶり。
 合掌するおばさんをみる。
 敬虔な思いにひたる。
 そうだ、これは宗教行事なのだ。
 いっしょに合掌する。

 近畿評論社跡、木戸孝允終焉地をとおって、三条に出る。
 空腹をみたして、C野氏とおわかれ。

 僕はブログ更新のため、ネットカフェにむかう。

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2008.08.16

京都検定日めくりドリル、出版進行中

 だいぶあいてしまいました。
 申し訳ありません。

 自分のPCでネットができないんですわ。
 ついにメールもできなくなったし。

 専門の業者さん、よぼうとも考えたけど、書類などみつからんもんもあるし。
 転居までがまんしようかとも思ったりして。

 そんなわけで、今日もネットカフェで更新です。

8月14日(木)はれ
 『京都検定日めくりドリル』の校正ゲラがでた。
 2日ほぼ没頭して、完成した。
 担当Nさんも早すぎてびっくりだった。

 10月5日、出版はありえるか。
 O書店でのサイン会も実現するか。

8月15日(金)はれ
 二週間ぶりのくずし字入門。
 前回から京都の大名屋敷の解体の史料を読んでいる。
 おもしろい。やっぱりこれはおもしろい。

 期間ゲストのMさんも今日から参加。
 平均年齢がさがり、かつ空気もかわる。いいことだ。

 夜は「1番弟子」M上T治氏と3年以上ぶりに懇親。
 なつかしいことだった。

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2008.08.12

明日テレビ番組撮影です

8/11(月)
 がんばったけどねえ。
 あきませんでしたわ。復旧。
 もう、そろそろ業者にたよならあかんねえ。
 
 今日は木屋町三条の「龍馬」で更新。
 
 テレビT京の番組制作会社から、出演依頼があった。
 篤姫と和宮のことについて。 

 明日やって。

 どうなることやら。
 

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2008.08.11

夏休み、バンザイだわ

8/10(日)はれ
 夏休み、バンザイやなあ。
 仕事のはかどること。
 5講義も休みやからねえ。

 篤姫もみれた。
 いろいろ気になったけど、コメントはひかえます。

 PCまだ治らん。
 今日は某文具店で更新しています。

 明日もたまっている仕事がんばろう。
 

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2008.08.10

身なりをきれいにしました

8/8(金)
京都龍馬会などのお3人さんが、引越し用のダンボールをもってきてくれる。
  くわしくは 京都龍馬会のブログを。

  夕方は龍馬さんとおりょうさんにつれられて衣装を買いに行く(何の)。

  夜は友人H氏と、そのご友人と懇親。
  pc治らんなあ。

  またいつもの「龍馬」で更新しました。

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2008.08.08

ブログ更新ができなくなった!

8月7日(木)はれ
 突然インターネット環境が崩れた。
 自宅からブログの更新が出来なくなった。

 こまった。
 昨日はそれゆえ滞ってしまった。
 
 これからどうなるやら。
 パソコンの師匠は超多忙らしいし。
 不安だ。

 

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2008.08.06

「金も人並よりは沢山に入申候」(久坂玄瑞)

8/5(火)はれ

Photo

 さすが夏休み。
 あいた時間がでてきた。

 本日は出勤の仕事まったくなし。
 いくつか原稿に立ち向かう。

 史料もいくつかよめた。歴史研究はひとつでも多くの史料に目を通すことが大事。
 研究成果をいくら知るよりも、史料を読む方が大事。
 史料をみていないものに明日はない。

 『楫取家文書』1巻所載の、よく知られているであろう、久坂玄瑞の妻文宛書簡にいまさらながら感銘をうける。

 妻の兄杉梅太郎(吉田松陰の兄でもある)への借金を妻文にいいわけしたもの。

「金の事、先日より梅兄へ御めんどう申上、おそれ入候へども、是もいたし方無之事とそんし参らせ候、金位にて上様の名折と武士の面目をけがし候様に相成候てはあいすまず、人にすくひを頼まれては人も助けずてはならぬ、やしなはずてはすまぬ事もあり候ゆへ、金も人並よりは沢山に入申候、これは兄様へもよろしくおんことはりなさるへく候」(年不詳〈文久元年[1861]か〉4月3日、119~120ページ)

【意訳】「借金のこと、先日より梅太郎兄さんへご面倒をかけ申し訳ないのだが、これも致しかたないと思っています。金ぐらいのことで、殿様の名前が落ちたり、武士の面目がけがれたりしては問題で、他人から救援を求められたら助けてあげないといけませんし、養ってあげないとならないこともありますので、金も人並みより多くいります。これは梅太郎兄さんにもよろしくお伝えください」

 この意をくんで、いっしょに苦労してくれる妻がいる人は幸せだろうと思う。
 なかなか思えないようで。

 玄瑞の政治活動を助ける多数の人々は、この投資によって得られたと思える。
 だからこの姿勢は正しかったとみてよい。

 自分の横にいる人間への価値判断は、その人の能力をいいえる。

【写真解説】文の実家、杉家〈山口県萩市〉。この手紙はここで読んだのだろう。1983年3月25日、15歳5ヶ月当時の中村武生が撮影。

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2008.08.05

FMラジオでうなって、JR東海でぼやいて、龍馬でおわる

8/4(月)はれ
 講談社メルマガ連載中の「本気で考える池田屋事件」、今回の原稿をあげた。
 時間がかかりすぎている。この夏に完成できないものかと考え出した。

 夕方、京都三条ラジオカフェ(FM79.7)へ。
 「龍馬の時間」と、「中村武生の京都歴史探偵」の収録をする。
 3ヶ月目に突入。
 すこしなれてきたと、「おりょう」さん。
 そうかもしれない。僕もそんな気がしてきた。
 だから問題点にも気づきだせる。

 やはり3分はしんどい。
 もうすこし長めの方がよいのではないか。
 上記番組をご視聴の方、ご意見をお聞かせください。

 河原町六角の「インパルス」でコーヒーとサンドイッチ。
 龍馬・おりょうさんにごちそうになる。
 あるものの「運送」を密談。

 夜は京都駅前のJR東海事務所で「きなこの会」。
 出席者5人。
 ミヤコの土居堀と是より洛中標石、およびこのたびの小松帯刀寓居参考地標石の解説。

 夜、木屋町三条下ル「龍馬」で夕食。
 龍馬のブログ「龍馬と木屋町の日々」が人気ブログランキングで上昇いちじるしい。
 おどろきをもって、みる。

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2008.08.04

池田屋を考えて掃除して篤姫もみた

8/3(日)はれ

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 掃除と原稿にたちむかう。

 文久・元治期の長州毛利家の政治過程をまた勉強しなおす。
 いうまでもないが、史料の読みがたりない。
 池田屋事件はなぜおきたのか、にやっときた(写真は池田屋跡。パチンコ店がまたつぶれた)。

 京都歴史地理同考会のNPO申請に必要な書類、最後のひとつがみつかる。
 司法書士Kさんに送る。 

 夜、「篤姫」もみれた。

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2008.08.03

慶応3年の近藤勇から赤塚不二夫氏へ

8/2(土)はれ

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 栄中日文化センター「新選組の手紙をよむ」講座に出講。
 今回は慶応3年(1867)の近藤勇の書翰や建白書。
 政治家としての近藤を論ずる。

 ついでに不動堂村屋敷のことも。
(写真は堀川通塩小路の交差点から東をみたところ。旧不動堂村。)

 今日は母の誕生日である。
 実家に帰り、祝う。
 
 赤塚不二夫氏の逝去を知る。
 夜、いつもの某所で追悼歌を吟ずる。

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2008.08.02

京都の龍馬ゆかりの地に建碑許可がおりた

8/1(金)はれ

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 京都の坂本龍馬ゆかりの地に、また建碑許可がおりた、と京都龍馬会から連絡がはいった!

 すばらしい。
 しかも西村ツル(お龍)の回想「反魂香」によると、今日は龍馬とお龍の内祝言の日ではないか。

 写真はその地。

 あとはお金だ。
 みなさん、京都龍馬会に寄付をください。
 お気持ちだけでも、100円でもいいですから。
 木屋町三条下ルの「龍馬」にご連絡ください(ブログは←)。
 
 どうかよろしく御願いします。

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2008.08.01

A姫にでるかあ

7/31(木)はれ

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 夏休み初日。
 しめきりすぎた原稿に没頭する予定だった。

 が、某番組「A姫」の撮影隊が、堀川一条に立たれたことを連絡うける。
 同地の某さんにすぐさま連絡するも、愛宕登山でご不在。
 ぼくがかけつけるほかない。

 撮影を拝見する。
 第42話、10月19日(日)放映分(エンディング「A姫紀行」)に登場する予定の由(変更があるかも)。
 
 そのあと「某社の某担当者」を訪問したら、同社の他の部署の方がやってこられて、懸案の一件につき、こんこんと今後のスケジュールのこと、さとされる。御世話になりました。

 「某社の某担当者」の方とはそのあとランチにいき、また次の仕事の打ち合わせをする。

 そのあと原稿にもどりたかったが、もう一件、懸案があることにきづき、東山区縄手通新門前のT瓦店に行く。
 130年の老舗の由。
 やさしい顔の「某」を購入する。

 それを旧U郡I村をへて、O村にはこぶ。
 設置を御願いする。

 お龍写真の拙稿「下」の載った『京都民報』が本日刊行されているのをみる。
 思いはふかいが、これで他の仕事がおくれた。自分がわるいのだ。

 そのあともいろいろある。
 しめきり原稿があることもわかっている。
 苦しみつづける。

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