篤姫のみた京都・伏見、を追っての掲載紙を入手
5/8(木)はれ
午後から京都新聞文化センターに出講。
また「篤姫」。
篤姫は家定の妻としての顔ばかり知られ、次代将軍家茂の「母」としての姿があまり知られていない。
これに注目されたのが、藤田英昭さん(徳川記念財団)「上洛中の家茂の早期帰還を求め大奥移転計画を阻止!?」(歴史群像シリーズ『篤姫と大奥』学研、2007年、70~73ページ)である。
今回はこれをもとに展開させていただいた。
文久3年上半期の家茂宛篤姫書簡を2通朗読する。
政治的なことはまったくふれず、ただ家茂の大事を願い、一刻も早い江戸帰城を願う。
ドラマが描くような政治にも関心がふかい人物にはとてもみえない。ただ「母」の姿でしかない、というようなことを述べる。
上記書簡の釈文は大阪歴史博物館の篤姫展の図録に附属されていた。
ありがたいです。
帰途、京都民報にたちよる。
とうとう今週号に「『篤姫のみた京都・伏見』を追って」(上)が載る。
すでに印刷が終わっていることを知っていたので、いただきにいった。
僕の歴代担当のAさん、Hさん、Tさんとお目にかかる。
また仕事を引き受けてしまった。
これでいいのか。いいのだ。
夜、大阪へ。「秘密結社」のようなところに行き、たくさん名前をかいて、たくさん印鑑を押した。
来週も来る予定。巨大なサギだったらこわいなあ。
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