篤姫訪問?、東福寺即宗院へ参拝
4/21(月)はれ
午前9時から大谷大学に出講。
「歴史地理学」という科目。
「歴史地理学」は、一般的に地理学の分野だが、歴史学の立場から研究する必要があることを論ずる。
次回につづく。
終了後、ビデオ撮影が行われた。
同大学の生涯学習講座の紹介ビデオだ。
でももう60余人も受講希望がある由。
教室講義と巡検を併用する講座である。
そんなに受講者がいて、いいの?
もう募集を停止した方がいいのでは。
某所で大急ぎの昼食。
商品受取り口で、店員さんが「センセイ!」
「どこかで教えましたか」
「京女(きょうじょ)です。」
「京女(きょうじょ)」とは、京都女子大学の略である。
また京都女子大学の元受講生から声をかけられた。
はずかしいやら、うれしいやら。
午後から東福寺即宗院へ。
篤姫は嘉永6年10月4日(1853年11月4日)、東福寺を参拝したらしい(『天璋院―薩摩の篤姫から御台所』展示図録、鹿児島県歴史資料センター黎明館、1995年)。
それが正しいとして、広い東福寺のどこを訪問したのか。わからない。
有力なのは在京の島津家家臣の墓所の地、即宗院。
たとえばJRの機関誌『ジパング倶楽部』2008年2月号〈特集篤姫の故郷薩摩を訪ねて〉、7ページ)もその説をとる(原口泉氏、寺尾美保氏が監修か)。
篤姫の京都論の語り部を任ずる僕は、なんとしても即宗院のお参りをしたい。
が、非公開寺院である。
それを歴史作家、桐野作人さんに無理をいってご紹介をいただき、実現のはこびとなった。
住職さんにご挨拶。
奥様お茶をだしてくださる。
「はじめまして」といおうとすると、とても意外なところですでに旧知だと知る。驚嘆。
なんと世の中、せまい。
急にリラックスする。
奥の山の墓参、感激。
有名人の墓碑だらけ。
これは興味深い。
在京の大名家臣の墓所に関心がある僕には、モデルケースにできそうな地だ。
今後も目がはなせない。
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