昨年の京都女子大の受講者がおこし
4/22(火)はれ
基礎からまなぶ日本歴史に出講。
1週ぶりの応仁の乱。
ついに洛中市街戦に突入。
同時代の記録にもとづき、最初にどの寺院が燃えたかをお伝えする。
百万遍(知恩寺)、革堂、誓願寺などである。
それぞれ現在、東山区東大路今出川、中京区寺町二条上ル、寺町六角下ルにあるので、別個におのおの焼けたように思ってしまう。
が、それはいまの景観。
豊臣期以前、この3か寺は上京区堀川一条東入ルの北側一帯に並んで存在していた。
つまり3か寺は類焼したのである。
それを上杉本洛中洛外図屏風で確認してもらった。
くわえてそれらの地にいまも地名が残っていることを指摘。
すなわち「元百万遍町」、「革堂西町」、「元誓願寺通」などである。
ついでにその上杉本洛中洛外図屏風の誓願寺の北側に、「飛鳥井殿がありますね」という。
カンのいい受講者多く、すぐにきづかれた。
「白峰神宮」、声がきこえた。
そうそう元誓願寺通の北側といえば、もう今出川通。
飛鳥井殿跡はそのあたり。
その飛鳥井殿跡を神社にしたことで知られるのが、崇徳上皇をまつる白峰神宮だ。
地名だけでなく、神社の由緒も上杉本洛中洛外図屏風の描くそのまんまだ。
京都にはまだまだいろんな形で秀吉以前が残っている。興味ぶかいとしめくくる。
そこでチャイム。
受講者、あたらしい方があった。
若い方。
この講座は平均年齢がかなり高い。
数えたことはないけど。
僕より低年齢の方はきわめて少人数。
そんななかびっくりするほど若い人の到来。
うれしい以前に、なんでやねんという感じ。
で、数秒の間があって、きづいた。
知っている人だ。
そうそう、去年の京都女子大学の受講者、Nさんだ。
熱心な学生さんだった。
そういえば、昨年同志社大の講義を受講してくださっていたKさん(男性)も、すこし以前からおこしだ。
今年の同志社大の講義も受講くださっている。
過去に教えた方が慕ってちがう形で受講くださること、ほんとうにうれしい。
アクがつよいのでこれまでむしろ好かれないことが多かったと思うのだが、この変化。
感激を特記しておきます。
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