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2008.03.31

京都検定日めくりドリル最終回

 さきほど拙宅に夕刊(京都新聞)がきた。

 本日の日めくりドリルが最終回。
 495回。
 「終」とは書いていなかったが、最終回です。

 長かった。
 感慨あり。

 終わりは始まりである。
 これまで出来なかったことがこれから始まるのだ。
 めでたい。

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「篤姫」の上洛をみる

3/30(日)
 大河ドラマ「篤姫」をみる。

 江戸へむかう篤姫。
 途中、上洛。
 待ちに待ったシーンである。

 「京 薩摩藩邸」とテロップが出た屋敷で、役人から挨拶をうけていた。

 が、近衛家の「雑事日記」嘉永6年(1853)10月2日条(陽明文庫蔵)に、

 「篤姫殿今度関東江下向、伏見通行ニ付、此御所(近衛殿・・中村注)へ御出」

とあるため、大名の参勤交代と同じスタイル、すなわち京屋敷(錦小路屋敷)ではなく、伏見屋敷に入ったはずだ。

  注:ここでいう京屋敷は、現同志社大学今出川キャンパス(烏丸通今出川上ル)に位置した二本松屋敷ではない。
   二本松屋敷は近衛屋敷の向かいになるが、文久3年(1863)新設で、嘉永6年(1853)当時はなかった。


 近衛家に入る前の休憩や準備のために、少しの間だけ錦小路屋敷に入ったといえなくはないが、近衛家参殿をドラマのナレーションは「京 薩摩藩邸」に入った「数日後」といった。
 近衛参殿の直前ではない。

 近衛参殿は10月2日。
 その2日前に入った屋敷は伏見である(9月29日)。
 錦小路屋敷ではない。

 すなわちドラマでは伏見屋敷の役割を、京都錦小路屋敷と完全に混同していたように思えた。

 ただ同じ「雑事日記」の記載から、近衛参殿の2日夜は(内々だと思うが)錦小路屋敷に宿泊したと思われる。
 
 エンディングの「篤姫紀行」は、京都とその近郊の篤姫史蹟の紹介、わりとよくまとまっていた。
 伏見薩摩屋敷跡(下板橋)もちらりとうつった。
 近衛殿跡の近衛池も紹介があった。

 注目すべきは東福寺即宗院の紹介部分。
 「篤姫が参拝したと伝わる東福寺」とナレーションはのべた。
 ここだけ「伝わる」とした。
 
 伝承であって、事実かどうかは別だといいたげだ。

 それもそのはず。
 
 篤姫の畿内通過の行程については、鹿児島県歴史資料センター黎明館の1995年特別展の図録
『天璋院―薩摩の篤姫から御台所』48-49頁)に詳しい。

 それによると、
 9/24大坂 ⇒ 9/29伏見 ⇒ 10/2近衛殿 ⇒ 10/4東福寺など ⇒ 10/5宇治 ⇒ 10/6伏見発 とある。

 ところが同書にはまったく出典の記載がなく、少なくとも10月4日の東福寺入りは何らの史料によっても現在まったく裏付けられない。
 そのことを示唆したものと思われる。

 なお本稿の詳細は、拙稿「『篤姫のみた京都・伏見』を追って」として、『京都民報』(京都民報社)本年5月11日、5月18日の両号に掲載予定です(掲載日、変更しました)。 

 よろしければ御覧下さい。

 余談ですが、今回篤姫の江戸の母英姫を演じた余貴美子さん。

 昨年上映の京都を舞台にした「初雪の恋」という映画で、主演の宮崎あおいさんの母役を演じている。
 わずかな期間にこのお2人は母子を2度も扮しておられる。

 どうということはないが、「初雪の恋」を楽しんだものとして興味深く思ったので、ご紹介まで。

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2008.03.30

「倒幕とは何か」をかたる

3/29(土)はれ
 栄中日文化センターに出講。
 テーマは「倒幕とは何か」。

 高橋秀直さんの遺著『幕末維新の政治と天皇』(芳川弘文館、2007年)の成果を紹介させていただく。
 
 本講座は今日で終了。
 終了後、受講者と喫茶。
 みなさんにかわいがっていただいていまがあること、改めて痛感。

 次回からは「新選組の手紙をよむ」です。
 またどうぞよろしくお願いいたします。

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2008.03.29

【講演】篤姫と幕末京都

 講演のご案内です。

 岡山県周辺の方、よろしければおこしください。
 もちろん京都のいつものみなさんも、遠方ですがおこしください。
 無料です。

タイトル:篤姫と幕末京都―歴史地理的視点から―
講  師:中村 武生(京都女子大学非常勤講師)

 幕末史研究者中村武生が、話題のNHK大河ドラマ「篤姫」を歴史地理的な視点から読み解きます。奮ってご参加の程、お願い申しあげます。

□日  時:平成20年4月19日(土) 14:00~15:30(13:30開場)
□場  所:美作(みまさか)大学 本館 31教室(事前申込不要)
□参 加 費:無 料

□問い合わせ先
〒708-8511 岡山県津山市北園町50 美作(みまさか)大学 総務課・公開講座係
TEL:0868-22-7718/FAX:0868-23-6936

主催:美作(みまさか)大学・美作(みまさか)大学短期大学部
http://mimasaka.jp/modules/news1/article.php?storyid=69

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2008.03.27

応仁の乱をふかめ建碑の会議に出席

3/25(火)はれ
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。

 また応仁の乱。
 京都にとってとても大事な事件。
 が、意外と知られていない。
 で、これをふかめようとおもう。

 今日は畠山義就(はたけやま・よしなり)が嶽山城に立て籠もったことと、寛正の飢饉について。
 次回は義就の帰京と、乱の勃発だろう。

 終了後、某会の方々、および総務のKさんと某所にいく。
 建碑のご相談。
 書類の不足を知り、出直すことになる。
 
 夕方、友人H氏と喫茶店で歓談。

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2008.03.26

最後の原稿提出。京都検定日めくりドリル。

 2日もあいてしまった。いかん。

 3/24(月)
 「京都検定 日めくりドリル」。
 ながい間ご愛顧くださいましたが、今月末で終了することになりました。
 本当にありがとうございました。

 で、最後の原稿を提出した。
 感慨ぶかい。
 しばらくは「これ問題にできるかも」の発想、やめられないと思う。

 おそらく3/31(月)、495回が最終回です。

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2008.03.23

上賀茂社から西村別邸をへて宮崎あおいさんをみる

3/22(土)はれ
 上賀茂神社に参拝する。
 神山をあおぎ、本殿をおがむ。

 社家町の西村別邸も参観。
 はじめて入邸した。
 かなりすてきなおうちだった。

 夜、映画「陰日向に咲く」をみる。
 宮崎あおいさんの映画。
 
 「にっぽんいちの・・・・」は大河「篤姫」とまったく同じセリフと抑揚。
 わざとか、と思えるほど。

 原作をクリスマスイブにもらったが読んでいなかった。
 読む気がおきた。

 今朝、篤姫の京都の1週間について、明治維新史研究者のT財団のFさんにご質問をした。
 夜、そのお返事を頂戴した。

 残念ながら答えにはたどりつけなかったが、それでもありがたいお返事だった。
 ついにいきつくところに来た、という感じ。
 この場をかりて感謝の意を表します。

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2008.03.22

【講座】御土居堀を考える講座のご案内

 ひさしぶりに御土居堀を考える講座を行います。
 現地見学ではなく、教室でのおはなしですが、
 パワーポイントをつかってのスライド上映の予定ですから見やすいことと存じます。
 どうかおこしください。

 御土居堀を考える講座
「どうして御土居堀は研究する意味があるのか」

 講師:中村武生(同志社大学文学部嘱託講師、歴史地理)

 日時: 3/26(水)10:50-12:00
 会場:キャンパスプラザ京都・5階第3・4演習室
(〒600-8216京都市下京区西洞院通塩小路下ル(JR京都駅ビル駐車場西側・京都中央郵便局西側、TEL(075)353-9111)
 受講料:1回500円(予約不要。その都度会場でお支払いください)

 主催:御土居堀研究会

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2008.03.21

祝日なのに名古屋に出講

3/20(木・祝)午前中雨
 祝日なのに、名古屋の栄中日文化センターに出講。
 「日本の城と合戦」、「京都学講座」。

 それぞれ鳥羽伏見戦争、山科本願寺・寺内町について。

 今期最後。
 ずっと2時間講座だった。
 次回からは1時間半になる。
 楽になる。助かる。

 終了後、まっすぐ帰京。
 帰宅しすぐ「京都の江戸時代をあるく」つづける。

 深夜完成する。
 感慨ぶかい。

 大きく加筆した。
 連載当時より70枚ほど加筆したみたい。 

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2008.03.20

楠木正成ゆかりの地をいく

3/19(水)小雨
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 基礎からまなぶ日本歴史の巡検で、大阪府千早赤坂村へ。

 楠木正成籠城の地、下赤坂城跡、千早城跡などを訪問する。
 実は僕はじめて。
 至近の誕生地は15年前にきたことがあったが、城跡ははじめて。
 けっこう感動。

 「みちの駅」で、恒例となった「太平記」の赤坂城籠城部分を朗読。
 臨場感をもつため。
 30分ちかくもやった。
 時間がなくなった。
 
 参加者、山が急だとおどかしすぎて、少数。 
 でも、千早城跡はたしかにきびしかった。
 こなくてよかった人の顔が何人かうかんだ。

 総務のKさんの適切なタイムキーパーぶりにより、適切に移動できる。
 帰りにバスに乗車拒否をされたことは誤算だったが。
 
 京都へもどったのは午後8時前、京都駅前で(酒の入らない)懇親会。
 楽しかった。

 ほんとうは家にこもって「京都の江戸時代をあるく」成稿させたかったが、それだけのことはあった。
 次は神戸市湊川神社だな。

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2008.03.19

ついに応仁の乱に来た

3/18(火)はれ
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 この会、天気がよいと出席者が少ない。
 本日もいつもより少なかった。

 が、部屋に入れなくなるほど来られるよりはよい。
 部屋に入れなくなるとほんとうに大変。

 ついに「応仁の乱」にはいる。
 3年目、ようやくここに来たかという思い。
 感慨ぶかい。
 次回はさらに深めてゆく。
 
 終了後、4月からの部屋の使用料を支払う。
 けっこうまとまったお金がいる。
 
 帰宅し、本日も「京都の江戸時代をあるく」加筆・修正。
 もう少しなのだ。
 深夜まで行うも、今日もとどめをさせず。

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2008.03.18

京都のなぜ?を講義する会に初出講

3/17(月)はれ
 すこし時間ができてきた。
 「京都の江戸時代をあるく」加筆進む。
 難題の寺田屋部分、ようやく乗り切った。もう少しだ。

 夜、「きなこの会」に初出講。
 JR東海(京都・奈良・近江文化情報事務局)の職員さん有志に京都の歴史をお話しする会。

 なぜ「きなこ」なのかは諸説あって不明(うそ)。
 とりあえず「京都のなぜ?を講義する」からであるそうだ。

 1年間の予定。
 毎回、おいしいお菓子を用意くださるそうだ。
 今日は僕もわらび餅を持参した。
 「きなこの会」だからね。

 用意したはなしがよく承知のことならどうしようと思っていたが、そうでもなかったようだ。
 ほっとした。

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2008.03.17

山科の安祥寺と山階寺の歴史をかたる

3/16(日)はれ
 午前中、江戸東京博物館から「篤姫」展図録が到着。
 昨日、友人T社のC氏が段取りしてくださる。
 予想外に早い到着。

 嵯峨野学芸倶楽部に出講。
 本日もたくさんのお越しで。
 ありがとうございます。

 山科・醍醐のおはなし。
 いつもの「最近のおはなし」はまた篤姫。
 はじめての方はめんくらったろう。
 
 安祥寺と山階寺のはなしに集中し、醍醐寺や勧修寺、山科本願寺・寺内町なんてまったくできず。

 前回の紫野・鷹峯同様、その2をしなきゃあなあ。
 
 終了後、また帷子ノ辻駅前の「スマート」で懇親会。
 しらんまに恒例化している。それはそれで楽しい。

 絵図のみかたとか、石碑建設の件とか、いろいろあり。

 そのあとまた旧U郡D村・I村などへ。
 建物の外観見学。
 よい家をながめる。

 夜は自宅で「篤姫」。
 予定通り、篤姫上洛は3/30放映だ。
 わくわくである。

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2008.03.14

陽明文庫を訪れ「篤姫」に接近する

3/13(木)はれ
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 午前10時、陽明文庫(京都市右京区宇多野)を訪問。
 いうまでもない。
 近衛家の宝物館である。
 
「篤姫の京都の1週間」解明のため。

 ストレートどまんなかな史料は見当たらなかった。
 残念。
 が、さすが関連の一級情報はいくつか出会えた。
 さすがは陽明文庫だ。
 文庫長、名和修先生のご配意に心より感謝申し上げる。 
 
 「篤姫の京都の1週間」に1番詳しいと自負しかけて来た。
 そろそろ活字にしなきゃなあ。

 どこかお引き受けくださる媒体はございませんでしょうか?
 ご連絡ください。

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2008.03.13

京の道資料館、突然の休館に驚く

3/11(火)はれ
 「基礎からまなぶ日本歴史」に出講。
 キャンパスプラザ京都に入る。

 受講者からおどろきのおはなし。
 至近にある、「京の道資料館」が本日付で休館した由。

 ええっ。

 なにごと。
 ついこないだまで何もなかったよ。

 国土交通省京都国道事務所の運営による、無料の施設。
 京都駅前にあって、相当の役割をはたしていた。
 
 個人的にはとなりの喫茶店、いろんな打ち合わせで毎度つかわていただいた。
 行き過ぎて、店員さんにいろいろお気遣いいただいていた。

 ほんとうに残念だ。
 早期の再開をのぞんでやまない。 

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2008.03.12

ステキなイスがやってきた

3/10(月)はれ
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 あたたかい日。
 
 拙宅にステキなイスがきた。

 ある喫茶店で見初めたものだ。
 あまりに気にいって、しばらく通いつづけた。

 ついに思いあまって、「どこに売っているのですか」と店員さんに聞いてしまった。

 しばらくして、拙宅に店の会長さんから電話があった。

 「どこにも売っていません。特注なんです」。

 なるほど、よくわかる。
 だからすわり心地抜群なのだ。

 「多めにつくって、1脚だけ残っています。
 それをお譲りしましょう。」

 ええっ。

 そして本日、来ることになった。
 物置だった部屋をきれいにし、迎え入れた。
 
 到着。
 なんだか気恥ずかしい感じだ。

 さっきまでの物置が、応接室みたいになった。

 いまどなたか来られたら、入っていただいてお茶などさしあげたい。

 イスには座らせませんけど。

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2008.03.10

皇太后の山寺こと山科の安祥寺を参拝する

3/9(日)はれ
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 NPO法人山科醍醐こどものひろばに参加。
 今回は子ども・大人、あわせて10余名。

 山科区御陵の安祥寺の特別拝観が許された。

 平安前期、文徳天皇の生母、藤原順子創建の寺。
 いうまでもないが、醍醐寺より古い。

 醍醐寺と同様、上寺と下寺にわかれていた。
 上寺は古くに廃絶し、下寺も江戸前期に公収され、毘沙門堂の敷地とされてしまった。
 
 現在地は旧地から至近とはいえ、別の場所にある。

 詳しくは最近でた『皇太后の山寺』(柳原書店、2007年)を御覧下さい。

 ふだん非公開である。
 実は今回、はじめて立ち入る。

 明治期に焼けた多宝塔に安置されていた五智如来は京都国立博物館で拝んだ。
 現地にたちたかった。
 念願かなった。

 住職さん、とてもよい方で、ほっこりさせていただいた。
 
 「廃絶した」、という印象があったが、なんのなんの、荒れているが現状も充分ステキなお寺だった。
 青龍権現をぐるりと囲う水路が立派なこと。

 今度は中村ゼミできてみたいものだ。

 帰途は山階寺跡建碑予定地へ。
 山階寺跡の位置は最近、吉川真司さんが明らかにされた(前掲『皇太后の山寺』)。
 その成果にもとづいて、山科のNPOが近々建碑される。

 興福寺の前身で、藤原鎌足の墓所の地だ(高槻市・阿武山古墳は文献史の方法上、ありえない)。
 山科区民にとってほこるべき歴史だ。
 その地が実証的な成果により推定でき、間髪いれずに建碑されるというのは本当にすばらしい。

 そのあとアスニー山科へいき、本年度の解散式。
 完成された冊子を3冊いただく。

 はれがましい部分に僕の文章も載っている。
 今年も全力はついやせなかったが、リタイヤせずにかかわれた。

 来年もお誘いいただいている。
 来年はまた、子どもだけの会にもどる。
 また心をあらたにせねば。

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2008.03.09

御土居堀ものがたり、重版決定で御願い

 2日もあいてしまった。

 拙著『御土居堀ものがたり』がついに品切れた。
 それでもまだご注文をいただけているそうなので、重版が決定した。

 そこで御願いです。
 重版にあたり誤字の訂正をいたしたく存じます。
 お気づきの点がございましたら至急、個人メールでお知らせ願えませんでしょうか。

 「左右」や方位などのミスが予想されます。
 どうぞよろしくお願いいたします。

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2008.03.06

「認定試験」に合格する

3/4(火)
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 足利義教の時代のおはなし。

 「満済准后日記」の、義教がくじ引きで将軍に選ばれるところを朗読しました。
 原典にあたるのはよろしいなあ。
 
 終了後、ある調査のため、伏見区の某寺へ。
 総務のKさん、ご案内くださる。
 たまたまご一緒の中村ゼミメンバー5名も同行される。

 そのまま伏見区鷹匠町付近の旧蹟もあるく。
 伏見城下町をめぐる惣構の堀(濠川)をこえて、あるマンションへ。

 昨年、その場所紹介のDVDの監修・出演をした。

 完成後はじめてきた。
 かなりの高級マンションのよう。

 ある大名屋敷跡なので、碑や解説板の設置を願ったのだが、何にも建てられていなかった。
 残念。

 本日ずっと、ある「合否」発表を待っていた。
 こういう気分、ひさしぶり。
 生きた心地がしなかった。

 午後5時をすぎても連絡がなかったので、明日になるかと思っていた。
 すると、夜になって電話があった。

 「合格」だった。
 
 何に合格したのか。
 そうですね、
 ふつうの「社会人」認定かな。

 お祝いに宴会をしたかったが、しめきりすぎた原稿があるので、どこに行くこともなく仕事をする。
 生涯わすれがたい紀念日なのだが、ただついもの日常だった。

 さびしい。

 いや、それだけ仕事をしているから、「合格」もしたのだ。
 矛盾はない。

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2008.03.05

友、遠方よりきたる

3/3(月)はれ
 東京T社のC氏、お仕事で上阪。
 帰途、龍馬の墓参のため上洛される。
 
 午後7時すぎ、近江屋新助方跡で待ち合わせ。
 「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地」標石の建つことで知られていた京阪交通社河原町営業所が、今月末で閉鎖することを知る。
 京阪交通社前でこの碑をみるのはこれが最後かとつぶやかれたC氏の思い、よくわかる。
 
 それを見下ろす店に移り、会食。
 酒をやめたので、ふたりともウーロン茶を飲む。

 さる「逸品」を持参される。
 一見して、言葉を失う。
 
 僕の知っている龍馬コレクターとしてはすでに屈指の人だったが、刊本の希こう本が中心でいらした。
 今回は墨書だ。
 オンリーワンのものだ。
 品物にも魅せられたが、ながく頑張ってこられた成果が出ましたねと、喜ぶ。

 2次会は河原町町三条下ルの六曜社。
 コーヒーで歓談。

 終電に間に合うよう、お帰りになる。

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2008.03.03

京の七口と御土居堀をあるく

3/2(日)はれ
 国土交通省「洛洛歩考会」に出講。
 京の七口と御土居堀がテーマ。

 受講者200名のところ、700名の応募があった。

 が、実際は160名こられた。
 40名のあきがあったことになる。
 落選した500名に申し訳ない。

 今回は事前レクチャーだけでなく、現地見学会の案内も任された。
 寺町北限の上善寺、禁裏そばの近衛邸跡、河原町通にのこる御土居の3ヵ所で。

 当会はじめての現地見学会参加。
 おもうことがいっぱいあった。
 とにかく楽しかった。

 終了後、いつもの中村ゼミメンバーと喫茶。

 解散後はひとり古書店へ。

 『同志社大学九十年略史』が安価で出ていた。
 これを見ていて、ある疑問の答えのヒントにきづいた。

 どこに答えが落ちているかわからんなあ。

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2008.03.02

月末の締め切り、4本

2/29(金)
 月末だ。
 本日締め切りです、という原稿が4つもある。
 
 まだ暗いなかを早起きして進めるが、完成には及ばない。
 
 本日はくずし字入門だが、テキストの解答案(釈文、翻読文)の校正がほとんどできなかった。
 案の定、受講者から山ほど誤りを指摘された。
 なさけない。
 
 たくさん指摘できるようになった皆さんには感心する。
 すごいもんだ。
 なにごとも継続だ。

 が、事前学習する時間がほとんど取れない僕は困った。
 「くずし字入門」やめようかと、初めて思った。
 
 帰宅してもまた原稿執筆を継続。
 疲れが出てきた。
 すこし仮眠する。

 その間に、大事な電話が入っていた。
 取れなかった。

 起きて掛けなおすも、もう本日は無理。
 月曜日にあらためるよういわれる。
 ふんだりけったりだ。

 深夜・未明まで原稿をうつ。
 明日も名古屋へ出講。
 こちらの予習もしなくてはならぬ。

 どうしたものか。

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