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2008.02.02

池田屋事件を考えて本能寺の最新成果をまなぶ

2/1(金)はれ
 朝1番に理髪。
 午後からJR西日本・ジパング倶楽部3月号に載せる写真の撮影があるから。
 みなりは気にしない方だが、写真は残る。
 あとから「なんでこんなむさくるしい姿やねん」と思うことしばしばだから。
 9時半に行ったら、10時からですといわれ、予約して一旦もどる。

 今日はお休みですか、と聞かれ、なるほどそう思うものかと知る。
 これからです、と返事。

 「12時30分から京都駅に行きます」
 「京都駅あたりがお勤めさきですか」
 「いえ、今日は京都駅ちかく」
 「そのつど、ちがうんですか」
 「そう」
 「そういうお勤め先なんですね」
 「はい」

 どういうお勤め先だと思われたのだろう。

 その12時30分、京都駅前のキャンパスプラザ京都でくずし字入門。
 これからしばらく金曜日に変更です。
 お気をつけください。

 大高又次郎の持ち物検査、おわる。
 現在、大高又次郎をしる人はすくない。
 池田屋事件犠牲者としてのみ知られているのでは。
 が、これは小物ではないわ。

 文久3年(1863)から元治元年(1864)上半期の京都政局の一端をになっている感じがする。
 「新選組誕生」の裏側にも、大高がいたのではないかと、いま考えている。
 そうするとその新選組に斬られるわけだから、こんな皮肉なことはない。

 次回のくずし字入門は、特別編「大高又次郎論」をするつもり。大高を総括してみる。

 JR西日本・ジパング倶楽部のうちあわせと写真撮影のあと、
 夕方、Y田K和博士邸へ。
 お宅拝見である。
 いや、初訪問ではないのだが。
 ちょっと事情があって「じろじろ」見せていただきたくなった。
 快諾いただいて、書庫を中心にじろじろ見せていただく。

 知ってはいたのだが、改めて御蔵書の充実ぐあいにうなる。
 うちの本の集め方なんて、実に中途半端だ。
 遠慮がちに本を買っていたが、遠慮は無用だと思った。

 先日『鹿児島県史料/斉彬公史料』全4巻と『島津斉彬文書』全3巻中の2・3巻を買ったが、こんなん今年しかつかわへんかも知らんのに、とさんざん悩んだのがあほらしい。

 Y田博士邸には『古事類苑』が全巻あったぞ。
 考古学者のY田博士には必携とは思えない。
 が、それさえお持ちだ。
 ほかの文献の充実ぶりがどんなものか想像されよう。
 ずっとうなったり、はしゃいだりしてましたわ。

 夜は同じぐらいエライ人たちが5人もY田博士邸に集まって、平安京・京都研究集会の準備会がある。
 何の役にもたたない僕だが、事務方として出席。
 次は本能寺がテーマとなる。
 本能寺の変ではなく、本能寺そのもの。
 その景観復元が討論されるであろう。
 
 Y田博士邸からあるいて帰る。
 帰宅してまだ仕事をつづけるが、疲れが出てあまり進まなかった。

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