ある篤姫ネタの出典に悩む
この数日、「篤姫」のあることがらについて出典を知りたくて調べている。
いま具体的なことがいえないのだが、さまざまな篤姫伝に出てくるのに、まったく転拠が示されていない。
ついにご迷惑をかえりみず、歴史作家桐野作人さんに助けを求めた。
ありがたいことに、すぐ反応くださった。
結論をいえばご存じなかった。
しかし薩摩史におくわしい桐野作人さんがご存じなかったことは、この典拠を知っている人はこの世にきわめて少ないということがわかって意義ぶかかった。
おそらく薩摩島津家側にその史料はないのだろうと思えた。
こまっている僕に桐野さんは「もしかしたら」という情報をくださった。
ありがとうございます。
つぎ、それをあたってみます。
この捜索まだつづく。
いま京都民報に連載していた『京都の江戸時代をあるく』の原稿を出版社(文理閣)に提出できずにいる。
実は連載原稿にこまかな出典を書き込んでいる。
加筆はあきらめて刊行をいそいだほうがよい、
よむとき煩雑になるから典拠はいらない、
いろいろ注意をうける。
でもそう思えない。
典拠をしめさない文章は後世に迷惑をかける。
経験からそう思っていた。
だから時間はかかるが加筆している。
今回、やっぱり正しかったと確信した。
これまでの篤姫伝(昨年・本年刊行のものを含む)が「このネタ」の典拠を記されなかったこと、正直困っている。
僕は自分の読者にその迷惑をなるべくかけたくない。
わかってください。
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