大高又次郎の障子を知り大学おわる
1/30(水)はれ
2007年度大学最後の日。
朝とても早くおきれた。
最初は京都女子大学。
京都駅に8時前につけた。
これはプリンセスラインに乗らなくては。
大学生は皆無だった。
ほとんど小学生。すこし中・高生
8時15分にはついた。はやすぎる。
職員さんさえいなかった。
8時50分、試験開始。
50人たらず。
西大谷の南むかいの校舎。
本願寺のつくった学校から本願寺創始者の墓地がみえる。
ぜいたくなロケーション。
京都女子大は来年もいくことになった。
今年で終わりではなくなった。
が、今年の子らには楽しませてもらった。
来年も同じような思いでいれるかはわからない。
今年の子らに感謝。
近年出講する大学がふえすぎて、受講者の名前も顔も覚えられなくなっている。
もちろん京都女子大学もそうだが、顔がわかる子は多い。
ちゃんと名と顔が一致することもいる。
思いいれがふかいクラスだった。
去り際、「先生!」と駆けつけてくる子ふたりあり。
「サインしてください」といわれる。
思わず、色紙ですかといってしまう。
そんなわけない。
著書に、だ。
一般の方に頼まれることはふえた。
が、20代前半の大学生に頼まれたのは男子もふくめて初めてだった。
光栄なことだ。
し終えて返すと歓喜の声をあげながら去っていった。
タレントみたい。
握手してあげればよかった。
午後からくずし字入門に出講。
まだ池田屋事件関連史料を読んでいる。
よめる人ばかりで教えてもらうことばかり。
自主学習までなさっていて、読めたけれど意味のわからないモノをちゃんとどこかで調べてこられる。
すごい。
甲冑師、大高又次郎の所有品を列記した記録をよんでいたところ、「障子」20枚とか11枚とかあった。
大高の家はそんな大きなものではない。
升屋喜右衛門(古高俊太郎)の借家にすぎない。
だから障子が計31枚もあるって不思議だった。
すると受講者から武具の「障子板」ではないか、と指摘があった。
なるほど甲冑師だし、それなら別に多くても不思議は無い。
勉強になるなあ、すばらしい。
いそいで佛教大学へ。
これがほんとに最終テスト。
無事おえる。
明日から春休みだ。
さすが達成感わ感じる。
なんだかいつもとちがう異質な疲労感にも襲われた。
夜は人と会う約束あり。
祇園へ。
ぐうぜん年度終了の打ち上げ会になった。
今年入って3回目のビールを飲んだ。
楽しかった。
でもなあ、講談社メルマガの最終締め切りが明日なのだ。
帰ってしなければ。
講談社現代新書の『池田屋事件』。
この春休みに立ち向かいたいと思っている。
いや、そのまえに文理閣『京都の江戸時代をあるく』か。
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