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2008.01.31

大高又次郎の障子を知り大学おわる

1/30(水)はれ 
 2007年度大学最後の日。

 朝とても早くおきれた。
 最初は京都女子大学。

 京都駅に8時前につけた。
 これはプリンセスラインに乗らなくては。
 
 大学生は皆無だった。
 ほとんど小学生。すこし中・高生

 8時15分にはついた。はやすぎる。
 職員さんさえいなかった。

 8時50分、試験開始。
 50人たらず。

 西大谷の南むかいの校舎。
 本願寺のつくった学校から本願寺創始者の墓地がみえる。
 ぜいたくなロケーション。

 京都女子大は来年もいくことになった。
 今年で終わりではなくなった。
 が、今年の子らには楽しませてもらった。
 来年も同じような思いでいれるかはわからない。
 今年の子らに感謝。

 近年出講する大学がふえすぎて、受講者の名前も顔も覚えられなくなっている。 
 もちろん京都女子大学もそうだが、顔がわかる子は多い。
 ちゃんと名と顔が一致することもいる。
 思いいれがふかいクラスだった。

 去り際、「先生!」と駆けつけてくる子ふたりあり。
 「サインしてください」といわれる。
 思わず、色紙ですかといってしまう。
 
 そんなわけない。
 著書に、だ。

 一般の方に頼まれることはふえた。
 が、20代前半の大学生に頼まれたのは男子もふくめて初めてだった。
 光栄なことだ。
 
 し終えて返すと歓喜の声をあげながら去っていった。
 タレントみたい。
 握手してあげればよかった。

 午後からくずし字入門に出講。
 まだ池田屋事件関連史料を読んでいる。
 よめる人ばかりで教えてもらうことばかり。
 自主学習までなさっていて、読めたけれど意味のわからないモノをちゃんとどこかで調べてこられる。
 すごい。

 甲冑師、大高又次郎の所有品を列記した記録をよんでいたところ、「障子」20枚とか11枚とかあった。
 大高の家はそんな大きなものではない。
 升屋喜右衛門(古高俊太郎)の借家にすぎない。
 だから障子が計31枚もあるって不思議だった。

 すると受講者から武具の「障子板」ではないか、と指摘があった。
 なるほど甲冑師だし、それなら別に多くても不思議は無い。
 勉強になるなあ、すばらしい。
 
 いそいで佛教大学へ。
 これがほんとに最終テスト。
 無事おえる。

 明日から春休みだ。
 さすが達成感わ感じる。

 なんだかいつもとちがう異質な疲労感にも襲われた。

 夜は人と会う約束あり。
 祇園へ。
 ぐうぜん年度終了の打ち上げ会になった。
 今年入って3回目のビールを飲んだ。
 楽しかった。

 でもなあ、講談社メルマガの最終締め切りが明日なのだ。
 帰ってしなければ。

 講談社現代新書の『池田屋事件』。
 この春休みに立ち向かいたいと思っている。

 いや、そのまえに文理閣『京都の江戸時代をあるく』か。

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2008.01.30

春休み目前の戦い

1/29(火)あめ
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 雨なのに人が減っていない。いや増えている。初めてお目にかかる方、何人かおられる。ありがたい。ありがたい。

 休憩していた御土居堀を考える講座、ようやく復活することになった。
 そのうち告知します。どうかいましばらくお待ちください。
 2月と3月、それぞれ行います。

 山陽新聞社の記者さんから紹介記事のゲラをいただく。
 もう明日載るそうです。
 さすがに岡山は買いに行けない。
 山陽地方の方、いらっしゃったら御覧ください。

 いろんな締め切り一斉にくる。

 たとえばJR西日本・ジパング倶楽部の『旅のアトリエ』3月号への原稿。
 
 同社の管内に34万部発行されている雑誌らしい。
 駅改札に無料でおかれるそうです。

 同じくJR西日本(京都支社)発行の『京都散策』春号への京都観光案内記事。

 苦闘して、深夜ふたつとも終わらせた。
 すばらしい。

 明日は京都女子大学、佛教大学のテストだ。
 これで大学すべて終わる。
 春休みだ。
 あとすこしだ。
 頑張れ。

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2008.01.29

すばらしい答案をみて「のだめ」をみつけて新聞取材に答えた

1/28(月)
 大谷大学と佛教大学で秋学期テストを行った。

 佛教大学の答案でうなるようないいものがあった。
 これは100点だな、と思った。
 優秀な学生がいるものだ。
 卒業論文提出のあとなので、レベルがあがっているのかも知れない。

 そうかと思うと、就職活動でほとんど授業に出ていませんでした、でも卒業にかかわる単位なのでまげて通してくれというのが両大学ともにあった。

 卒業がかかっている学生の答案をみるたび思い出す話がある。
 
 K大学のM先生の逸話。
 学生結婚をして留年し続けている学生がいた。
 今回落とすと妻に殺されるから通してくれと答案に書かれてあった由。
 留年して殺害されたなんて話を聞いたことがない、だからおもしろそうだと落としたらしい。
 すごい話だ。

 さて僕はどうしよう。

 佛教大学の書店のレジに「のだめカンタービレ」の19巻がおいてあって、びっくりした。
 11月刊行だからもう新刊ではないが、実は持ってなくて、なぜかうれしくて思わず買ってしまった。

 大学でマンガを買うなんてあってはならないことなのだが、初めてしてしまった。
 レジのねえさんにも「大学でマンガを買うなんておかしいですね」といらんことをいってしまった。

 まあ、ふつう置いてないですからねと返されてしまった。
 いやそんなことはない、おいてあるよ、といい返したかったのだが、だまっていた。

 出講している他大学に少年ジャンプとかおいてあるからね。
 そんなん置くのはどうかと思うが、売れるから仕方ないか、となげいていたが、同じことをしてしまった。

 大学に岡山県の山陽新聞の記者Nさんから電話あり。
 きたる2/9(土)の鞆ノ浦での講演を記事にしたいといわれた。

 しらないところで大ごとになっている。
 言葉すくなくだが、幕末史のなかでの三条実美の大きさをかたっておいた。
 近々に紹介記事がのる由。
 先着、35名なのに。

 こりゃすぐ満員になるな。

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2008.01.28

また廃品処理をして篤姫を楽しむ

1/17(日)はれ
 ものが増えすぎて家が機能しなくなってきた。
 だから掃除をした。
 捨てるものを選ぶ作業といってよい。

 2005年7月の転居のとき、捨てるべきものをそのまま持ち込んだので、いらないものがかなりある。
 が、それから2年半たっていて、何がなんだか分からなくなっている。

 結局、捨てる以前に整理が先行し、あまり廃棄物を出せなかった。
 といっても、ダンボール箱ふたつ出せた。
 明日、廃品回収業者に持っていってもらおう。

 書物だから人にあげた方がいいようにも思うのだが、自分がいらないものを人に差し上げるのもなんだかなあと思って、業者にわたしている。

 まだまだ捨てるものがある。
 春休みが楽しみだ。
 思いっきり処置させてもらう。

 篤姫4回目。
 みた。

 気のせいか、前回以前より現代劇っぽくなってきた。
 宮崎あおいさんファンとしてはいいのだが、時代劇としてこれでいいのか、と思わなくはない。

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2008.01.27

研究会に行けず原稿打っていた

1/26(土)
 本日は1617会という研究会に行く予定にしていた。
 舞台は京都府八幡市。
 専門の地である。
 
 が、原稿、締め切りすぎたのにできていない。
 JR西日本の「クラブ・ディスカバー・ウエスト」というサイトへの連載です。

 最終締め切りが近い。
 やむをえない。
 家にこもって原稿を打つ。

 夜8時になってできる。
 いまごろ懇親会のさなかだろうな、と思いながら、担当氏に送る。

 深夜、三条実美のことを考える。
 もうすぐ備後鞆ノ浦(広島県福山市)で講演するから。

 必要な文献がけっこう拙宅にあることに驚く。
 こういうことはめずらしい。
 いつも無いものばかりなのだが。
 
 そろそろ本がそろってきたか。

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2008.01.26

あの書物がまた売りに出ていたが、

 以前、ほしい書物がながく品切れで、やっと見つけたら、定価が1万2000円なのに、5万8000円もの高額になっていた、でもほしかったから買った。うれしかった、なんて話をした。
(2007年10月1日条参照)

 昨日、その書物、「日本の古本屋」のサイトでみてみた。
 その後、売りに出ているかの確認である。

 持っているのに見る必要があるのか。
 ない。

 ただあのときの判断は正しかったのかは気になっている。
 その後、多く市場に出て、購入価格より安ければ、判断ミスといえる。

 昨日、なんと1冊だけ売りに出ていた。

 価格は、9万4500円。

 僕の購入価格より3万5000円以上も高額だ。
 おそろしい金額になっている。

 5万8000円で買ったことは正しい判断だったようだ。

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2008.01.25

雪の薩摩二本松屋敷の門とされるもの

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 京都、雪だ。
 
 午前中、同志社大学の後期試験のテスト監督に行った。
 ふだんは新町校地だが、試験は今出川校地で行う。

 雪が美しい。

 写真はその今出川校地に現存する薩摩二本松屋敷の門とされるもの。

 なぜそういえるのか、そろそろそんなことにもアプローチしないといけない。

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2008.01.24

幕末志士の居所を論じブックオフで狂喜する

1/23(水)くもり
 JRなど山科駅前のアスニー山科に出講。
 以前告知しましたが、「河原町三条界隈になぜ維新史蹟が多いのか―幕末志士居所論」という話をする。

 200人定員だが、今日は天気がわるい。
 おそらく150程度だろうと思っていたが、さにあらず260人も来られていました。
 すごい。

 知ったお顔が多数でしたが、もちろん未知の方も多数で、なかには故恩師の奥様と親しいという方、話題にした先生の息子さんと同僚だという方、いろんな方から声をかけていただき、実に楽しいひとときでした。

 帰途、またブックオフ三条京阪店に寄る。
 なんと今度は『山内家史料』第一期分(一豊公紀、忠義公紀、忠豊公紀)全7巻がそれぞれ2500円で売りに出ていた。
 驚いた。それぞれは土佐山内家の当主の伝記で、多数の原史料を引用している貴重なもの。
 土佐山内家を専門にはしていないが、江戸初期の京都・伏見を考えるものとしては、必要な史料集である。

 2代忠義の時代はまだ将軍上洛が行われている。
 3代忠豊の時代以後も京屋敷は維持されている。
 江戸時代の京屋敷をしる基礎データになりえる。
 
 が、いかんせん高額だ。
 定価は各巻8500円。
 古書価格でも5000円前後だ。
 これを買うなら○×が先だ、で手にしていなかった。

 実際もし『山内家史料』を購入するなら、当然幕末の当主「豊範公紀」を最初に購入すると思っていた。
 
 しかし2500円なら別だ。
 小金はもっていた。
 思わずすべて買い占めた。

 ほかにも魅力的なコネタ本がいくつかあったので、支払いは2万10円になった。
 ブックオフで2万円を支払ったのは初めてだ。
 
 でも持って帰れるか。 
 今日は荷物が多い。
 リュックとパソコンとカサがある。
 で、郵送してもらおうと思った。
 古書店で書物の郵送を頼むのも初めてだ。
 初めてづくし。

 その手続きをしてもらっているさなか、ちがうことを考えた。

 送料はおそらく1000円ほどだ。
 それとは別に、今日これから僕が単身帰宅するには電車とバスを併用して500円ちかくかかる。
 
 計1500円ほどじゃないか。
 それならタクシーに乗ろうと方針をかえた。

 レジの兄さんに箱詰めにしてもらい、1階まで運んでもらった。
 そこでタクシーをひらってすべての荷物を乗せて自宅へ向かった。
 
 メーターやっぱり1500円ていど。
 かえって楽できた。本も即日手元にある。いいことづくめだ。好判断だったと思う。
 
 夕方、佛教大学で人文地理学の講義。
 千本三条あたりに製材所が多かったはなしをする。
 このネタは初披露だったので、もう少し熟す必要があると思われた。

 帰宅して、原稿仕事をしつつも、昼間手に入れた『山内家史料』初代~3代紀を斜め読みする。
 予期した以上の史料が入っていて喜ぶ。
 うかつなことだ。
 周知の史料なのに、存在に気づいてなかった。
 諸刃の剣ではあるが、書物など史料の所有はやはり意味があることなのだ。

 それにしてもこの価格。
 3分の1以下ではないか。
 
 ありがたいことはまちがいないが、序文にある編者の刊行への思いを読むと、古書店でこんな安価で購入したことを申し訳なく思えてきた。

 ブックオフは難しい存在である。

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2008.01.23

【講演】三条実美ら七卿と鞆ノ浦

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 講演会のご案内です。
 また、鞆ノ浦(広島県福山市)です。
 
 三条実美ら七卿が滞在したことが確実な、太田家住宅(旧中村吉兵衛邸、写真)で、三条実美らのはなしをいたします。

 一般に三条実美は、岩倉具視に比して凡庸なイメージがあります。
 史料にもとづき幕末史のなかでの三条実美の位置をご紹介、凡庸イメージの払拭をこころみます。
 どうぞよろしくご参加ください。

タイトル:七卿と鞆ノ浦
     (「幕末史のなかの三条実美ら七卿―鞆の重要性とともに」)

講師:中村武生(歴史地理研究者、同志社大学など非常勤講師)

日 時:2008年2月9日(土)午前10時~午後2時ごろ(会場見学・昼食時間含む)
会 場:国重文太田家住宅(県史蹟鞆七卿落遺跡、広島県福山市鞆町)

参加費:3000円(昼食付「鞆の食文化を味わう」)
定 員:35名
予約期間:2008年1月20日~31日(国重文太田家住宅受付にて前売り券販売)

主催:重要文化財太田家住宅を守る会(電話084-982-3553)

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2008.01.22

「篤姫」が僕のとなりのとなりのとなりに来た

1/21(月)くもり
 午前中、大谷大学に出講。
 本年度最後。
 9時すぐにはじめたとき8人しかいなかった。
 終わったとき20人以上いてぎょっとした。
 
 試験がちかくなると人が増える。
 本番試験はもっと増えるのだろうなあ。

 昼食タイム。
 東京のK先生から突然お電話。

 篤姫のことについて、問い合わせをしたことがある。
 そのお返事かと思われた。

 案の定、そうだった。
 「中村さんのその件、僕にもかかわりがでてきました」というようなことをいわれた。

 NHK大河ドラマのエンディングで「篤姫紀行」というコーナーがある。
 1分ていどで、もよりの観光地を紹介するというものだ。

 NHKが某寺を取り上げることにした。
 それにからんでNHKが某寺に質問をしたらしい。

 K先生は某寺と交流がある。そこで連絡があった由。
 なんとそのネタが、いま僕がこだわっている「篤姫問題」と同じだった由。

 そこでK先生から電話があったというわけ。
 「その後、進展しましたか」という感じ。

 つまりNHK⇒某寺⇒K先生⇒中村武生 と来たわけ。

 僕のとなりのとなりのとなりに、NHK大河ドラマ「篤姫」がいる。

 宮崎あおいさんとの対談実現も夢ではない(ほんまか)。

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2008.01.21

今週の篤姫「薩摩分裂」感想

1/20(日)あめ
 嵯峨野学芸倶楽部に出講。
 雨なのに、なんと27人も受講。おそらくこれまでで最高。
 ずっと赤字だった。
 関係者のご苦労のかいがあったと思える。

 嵯峨野のはなしをする。

 終わってから有志の方々となじみのコーヒー店「スマート」で軽食し蚕の社に行く。
 ふたつの道標をあじわう。
 また雨。
 今年は「はれ男」返上かもしれない。

 帰りは出来たばかりの「太秦天神川」駅から地下鉄東西線に乗る。

 夜、NHK大河ドラマ「篤姫」第3回をみる。
 諸問題あることはわかるが、けっこう楽しんでいる。
 
 ひとつだけ指摘しておく。
 今回、島津斉興が隠居し、斉彬が島津家当主(いわゆる藩主)に就任した。
 これは嘉永4年(1851)2月のことだ。

 ドラマでは今回、斉彬は御国入りし(同年5月)、篤姫の父(忠剛)と語るなかで篤姫の存在を思いだしたシーンがあった。
 次回、実際篤姫に会うらしい。
 まだ篤姫の家定(家祥)夫人としての入輿は話題にならない様子。

 が、事実はそうではない。

 家定(家祥、まだ将軍候補者)の2番目の妻(二条氏)が亡くなったのが、嘉永3年(1850)2月。
 この直後から3番目の妻さがしが始まる。

 嘉永3年(1850)11月7日、斉彬から伊達宗城(ドラマでは森田順平氏)宛書簡に、
 島津斉興の隠居がおくれたら、「例の西簾のこと」に大変差し支えるといっている。
 「西簾」は「西ノ丸の簾中」の略。
 すなわち「家定(家祥)の夫人」の隠語である。
(芳即正氏『島津斉彬』190ページ、吉川弘文館)

 つまり昨日のドラマの段階では、すでに斉彬のなかで家定(家祥)の後妻問題は進んでいた。
 篤姫の存在も充分しっていたであろう。

 今回、近衛忠煕も初めて出てきたが、斉彬に金の無心をするたよりない公家として描かれていた。
 が、この段階では近衛忠煕も家定(家祥)の再婚計画を知っており、島津家の姫がいるなら自分の養女として入輿させたいと自ら望んでいる

 「薩州家女モ御座候ハヽ私養女ニイタシ御縁組願度存マシ候」
(芳即正氏が嘉永3年もしくは4年の春と推定の書簡部分、近衛忠煕⇒島津斉彬か。同氏「天璋院入輿は本来継嗣問題と無関係」『日本歴史』551号、97-98ページ、1994年4月号)
 
 ドラマでこの話題が出るのは9話「お姫様教育」(仮題、3/2)らしい。
 その段階で「内密に進めてきた」とサプライズとなる由。
 いつから考えていたことにするのだろう。
 家督相続以前からというつもりだろうか。

 無理があるなあ。
 篤姫の名前(当時はかつ)やその具体的な個性も知らなかったし、近衛忠煕とそのような話題をしなかったからね。

 念のため、お伝えします。

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2008.01.20

廃品処理をして醍醐陵あたりをあるく

1/19(土)はれ
 たいへん天気がよい日だった。
 午前中、ふとんを干した。

 そうじもした。
 新聞雑誌など、3袋を廃品回収業者に出した。
 
 引越し(時期未定)にそなえてなるべく荷物をへらしたい。 
 でも全然減らない。

 午後から外出。
 ふとんは家にいれた。
 
 醍醐陵、朱雀陵、随心院あたりをあるきまわる。
 大阪皇陵巡拝会の道標をみつけるとうれしい。

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2008.01.19

なぜ歴史地理かを問うて「きなこ」をつくった

1/18(金)はれ
 朝1番、同志社大学に出講。
 本日、本年最終講義。

 なんとか最後まとまった。
 ほっとした。
 1年間、楽しい時間をすごさせていただいた。
 熱心な受講生に心より感謝いたします。

 午後から天理大学へ。

 こちらは早くも今日試験。
「歴史研究における歴史地理の役割」を問うた。

 難しかったようですが、ざっと答案をみて、いい問題だったと思った。
 解答が実にバラエティに富んでいた。
 秀でているもの、そうでないもの、一生懸命なもの、そうでないものなど極端にわかれた。
 
 講義中、とくに答えをいわなかったから。
 講義内容から考えてもらう方針をとったから。

 採点が楽しみだ。

 京都駅にもどってきて、JRT海のK氏と会う。
 お久しぶりです。

 来年度から月々、K氏の部署の方々に京都の話をせよといわれる。
 気持ちのよいひとで、恩もあるのでお引受けした。

 帰ってから「きなこの会」となづけた。
 命名の由来はないしょ。

 せいぜい「手品」のたねあかしをしようと思う。  

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2008.01.18

【講演】幕末志士は河原町三条付近にどうして住むのか

 もたもたしていたら、また1日とんでしまった。

 近々に行う講演のご案内です。
 よろしくおこしください。

日時 : 2008年1月23日(水) 午前10時30分~12時
演題 : 『どうして河原町三条付近に維新史蹟が多いのか~幕末志士居所論~』
講師 : 佛教大学・同志社大学非常勤講師  中村武生
参加費 :無料

場所 : アスニー山科(ラクトC、JR・京阪・地下鉄山科駅下車、南へ徒歩5分ていど)
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/asny1/koza/yamasina/fo0801.html

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2008.01.16

お龍の103回忌をしのんで講演

1/15(火)はれ
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 今日はNさん・Mさんにお車でお連れいただく。
 ビップのようである。

 最近、御土居堀講座ができていない。
 それを再開するいいきっかけもいただいた。
 あわせて感謝申し上げます。

 まだ南北朝期、観応の擾乱。おそいわ。
 
 終了後、有志の喫茶の会に参加。
 本年実行予定のある建碑のはなしをつめる。

 帰りもまたNさん・Mさんにお車で送っていただく。

 しばらく準備をし、再び外出。
 木屋町三条へ。
 寺子屋龍馬6回目の講演。
 ひさしぶりの木屋町。
 今年はじめて。

 今日は龍馬の妻お龍の祥月命日(103回忌)。
 だからお龍のはなしをした。

 おわったのちも久しぶりにとどまって「たこ焼きパーティ」に参加。
 一杯だけビールをいただく。
 今年はじめてのビール。
 「こんな味やったんや」と思う。
 ビールの味もひさしぶりと思えた。

 夜、「第4回京都検定問題と解説」原稿最後の1問をつくって送る。
 少し遅れましたが、去年ほどではなかった。ほっといたしました。

 深夜、「ラヴァーズ・キス」(2003年)をやっていたが、保存して最後までみずに寝る。
 宮崎あおいさんの出演作品です。

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2008.01.15

また家に籠もってお仕事

1/14(月・祝)さむい日
 家にずっといて仕事をしていた。

 『第4回京都検定問題と解説』の原稿が残っているし、今週の「日めくりドリル」もある。
 ほかにもささいな用事がある。

 けっこう進んだ。
 旧U郡D村に行く予定があったが、行かなくて正解だった。
 
 「篤姫」問題、見落としていたところでひとつ史料をみつけた。
 これは重要なものを。

 が、「そのもの」ではない。
 「そのもの」をみつけるまでまだ続く。

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2008.01.14

京都の「篤姫」をあるくイベント

 どたばたしてたら、あっという間に2日も更新が滞っている。
 こわいなあ。

1/13(日)くもり、ときどき晴・雨・雪
 
 本年初の「京都おこしやす大学」。
 篤姫ゆかりの京都旧蹟をあるくイベント。

 今年は各所でこれに類似したものに関わる。
 本日、現地見学としてはその第一弾。

 準備のときや当日、いままで気づかなかったこと、いっぱい気づけた。
 正直、最初にそれぞれを引き受けた昨秋ごろ、ほんまにできるんかいなと不安に思っていた。

 が、もちろん完璧ではないのだけれど、自信持ってできるようになった。
 自分のオリジナル情報をもちだしたし。
 
 今年1年はまた楽しそうな予感がする。

 薩摩二本松屋敷跡(同志社大学今出川キャンパス)で、またいつもの京都大名屋敷論。
 ここで京都女子駅伝の先頭ランナーがくるところに出会った。
 しばし観覧。
 トップと2位の間がびっくりするほどあいていた。
 
 最後は相国寺で解散式。

 非常にせまい範囲をいったりきたり。
 それで3時間半もいたのだから、マニアなコースである。
 
 ひと昔なら考えられないことだが、世の中が「ありきたり」にあきてきたといえる。
 それについてこれない人は滅びる。
 明日はわが身だ。
 もっと研鑽しよう。

 最後は常連のみなさんと喫茶にいく。

 寒い中をみなさまごくろうさまでした。ありがとうございました。

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2008.01.11

ある篤姫ネタの出典に悩む

 この数日、「篤姫」のあることがらについて出典を知りたくて調べている。

 いま具体的なことがいえないのだが、さまざまな篤姫伝に出てくるのに、まったく転拠が示されていない。
 ついにご迷惑をかえりみず、歴史作家桐野作人さんに助けを求めた。
 ありがたいことに、すぐ反応くださった。

 結論をいえばご存じなかった。
 しかし薩摩史におくわしい桐野作人さんがご存じなかったことは、この典拠を知っている人はこの世にきわめて少ないということがわかって意義ぶかかった。

 おそらく薩摩島津家側にその史料はないのだろうと思えた。
 
 こまっている僕に桐野さんは「もしかしたら」という情報をくださった。
 ありがとうございます。
 つぎ、それをあたってみます。

 この捜索まだつづく。
 
 いま京都民報に連載していた『京都の江戸時代をあるく』の原稿を出版社(文理閣)に提出できずにいる。
 実は連載原稿にこまかな出典を書き込んでいる。

 加筆はあきらめて刊行をいそいだほうがよい、
 よむとき煩雑になるから典拠はいらない、
 
 いろいろ注意をうける。
 でもそう思えない。

 典拠をしめさない文章は後世に迷惑をかける。
 経験からそう思っていた。
 だから時間はかかるが加筆している。

 今回、やっぱり正しかったと確信した。

 これまでの篤姫伝(昨年・本年刊行のものを含む)が「このネタ」の典拠を記されなかったこと、正直困っている。
 僕は自分の読者にその迷惑をなるべくかけたくない。
 わかってください。

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2008.01.09

約20年思いつづけた全集が手に入った

1/8(火)はれ
 前日、Y田K和博士から「古本情報」というタイトルのメールをいただいた。
 
 それは、京阪電車三条駅ビルにある古書店「ブックオフ」に、『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』の復刻版のうち、(第1冊~第3冊をのぞく)全22冊が、一律各2000円で陳列されているということだった。

 仰天した。

『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』は、その名のとおり、京都府が1919年(大正8)から戦後まで刊行し続けた、同府下の史蹟・名勝・天然紀念物の調査報告書である。

 京都府の史蹟に関心のあるものにとって、不可欠の文献である。

 聚楽城(第1冊ほか所収)や御土居堀(第2冊ほか所収)に関心を持ち出したころ、どれほどこの報告書にまなばせてもらったか。

 その他、船岡山城、淀城、山科本願寺・寺内町、豊国廟、松花堂庭園、笠置山などおびただしい府下の史蹟の基礎データが最高クラスの研究者によって執筆されている。

 大半が京都帝国大学の関係者である。
 他府県の当時の同様の報告書と比して抜群のレベルの高さといってよい。

 いろんな意味で府下の史蹟を研究対象にしている僕にとって、すべて拙宅においておきたかった。

 が、古い文献であるから新刊で入手は不可能である。
 臨川書店から復刻版が出ているが、とにかく高価だ。

 たとえば第16冊は1冊の価格が1万2000円だ。
 すべてが1万円前後。
 これを20余冊そろえるのは、裕福とはいえない僕にはかなりしんどいことだった。

 だから古書店で安価なときに1冊ずつ入手してきた。

 それもなるべく復刻ではなく、原典で。
 どうちがうか。
 写真の鮮明度がちがう。
 これは重要だ。

 で、ここまで13冊原典で集めた。
 が、まずはそろえることが大事だとも気づいていた。
 復刻版の方が原典より安価だ。

 最近どうしても必要になったので、第3冊目を復刻版で入手した。
 写真の不鮮明さはあるが、そんなこだわり以前にまず所有すべきだったと改めて思った。

 のこりも安価なときに復刻版でもいいからそろえた方がよい。
 そう思っていたやさきのことだった。

 2千円は安い。
 たとえばいま「日本の古本屋」のサイトで復刻版の同書を検索すると、安価なものでも各4000円である。
 
 Y田K和博士のご連絡は大変ありがたいことだった。
 三条京阪のブックオフはしょっちゅう行っているのだが、この1週間ほど行かなかった。
 年末には行っている。
 なんせここで「のだめ」の多くを入手したんだから。
 その間にこんな事態だ。

 これだからブックオフひんぱん通いはすべきだ。
 
 昼間、基礎からまなぶ日本歴史に出講だったので、そのあと駆けつけた。
 思いはみな同じはず。
 もう取られたかも知れない、気ばかり急いだ。

 到着、3階に駆け上がる(いや、エレベーターで)。
 予想した位置になかった。

 もう売れたか、いや全巻買う「変態」はそういるはずがない。
 みている場所がちがうのだ。
 もし売れ出していても少し残っているばすだから。
 
 探して正解。
 予想のところとちがう位置にあった。 
 おお、Y田K和博士がいわれた巻すべてある。
 誰も購入しなかったのだ。

 すぐレジに運ぶ。
 ブックオフで1万6000円を払うのは久しぶりか、はじめてだ。
 気のせいか店員笑っている。
 なんでそんなに本買ってんねんという感じ。

 帰宅してすでに購入していたものと一緒に並べた。
 憧れの『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』が全巻拙宅にある。
 はじめて本書の存在を知ってから、20年ちかい。
  
 自由に自分のお金を使えるのはいまだけだ。
 いまのうちに今後の研究のための必要文献をそろえておきたいと思っている。
 今日そのひとつをこなせた。

 感動だ。
 
 Y田K和博士へ感謝をこめて。

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2008.01.08

休みボケのなか大学再開

1/7(月)くもり一時小雨
 昨日、「篤姫」第1話の感想をアップした。
 そのあと歴史作家桐野作人さんのブログ「膏肓記」に掲載されていることに気づいた。

 さすが幕末史、とりわけ薩摩にくわしい桐野さん。
 詳密なご意見だった。
 すばらしい。

 本日から大学講義再開。
 大谷大学と佛教大学。
 休みボケから目覚めるために、正月の干支ネタをいたす。
 ありがとう。多くのみなさん、ひっかかってくれて。

 原稿仕事、山ほどある。
 それを少しずつ、いろいろして、はっときづくともう夜だった。

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2008.01.07

「篤姫」第1話、感想

1/6(日)はれ
 「京都おこしやす大学」本年第1回が来週1/13(日)にある。
 京都の「篤姫」ゆかりの地をあるくというもの。

 受講希望が40人もおありと担当Yさんから連絡があった。
 現地見学会の講座なのに、40人は多すぎる。
 久しぶりに黒字でありがたいが、大丈夫か。
 
 本日、その当日レジュメの原稿をつくって送った。
 こういう仕事、めんどくさくてきらいなのだが、今回はとても楽しくできた。
 「篤姫」に気合いが入っている。
 なかなかよくまとめられたと自賛している。

 夜、「篤姫」ついに始まる。
 些細なことはまあいい。
 宮崎あおいさんを中心に楽しくみれた。
 来週もたのしみである。

 調所広郷(平幹二郎さん)を好意的に書いてくれたことは大変うれしいことだった。
 これまで悪役専門だった。

 あえてクレームをいえば、実際の年令と俳優の年令の乖離がはなはだしかったことか。
 島津斉彬は、篤姫誕生とされた天保6年(1835)、数え年27歳である。
 扮された高橋英樹さんは、今年数え年65歳だ。きつすぎる。

 篤姫の父島津忠剛も、同年には数え年30歳。
 扮する長塚京三さんは数え年64歳。同じく無理がある。

 島津斉興は少し年配で、数え年45歳。
 でも扮する長門裕之さんは、今年数え年75歳やからね。

 よい俳優さんを使ってくださるのは誠にありがたいのだが、30歳以上の差はイメージ上、問題がある。

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2008.01.06

山科側から稲荷山を登山

1/5(土)はれ
Dcf_1163

 本年初外出仕事。
 山科・醍醐こどものひろばのイベントで伏見稲荷社に参拝。
 なんで「山科・醍醐」の会で伏見稲荷社なのか。

 山科区西野山から山道を通って伏見稲荷社に行くことができる。
 その山道を通ることが主目的。ついでに初詣。

 山口に鳥居があった。そばに「大石乃滝」と刻んだ標石。
 そばに「大石内蔵助山科閑居」の岩屋寺がある。
 それに関連しての大石遺跡だろう、ぐらいを思って山道を上がってゆく。
 あがってすぐ右手に廃れた社があった(写真)。
 
 なんだろう。
 そばにまた「大石良雄かくれ家巌屋寺/六町」とある。
 岩屋寺への道標である。ここから約650メートルで岩屋寺へ行けるらしい。

 廃社をひとつひとつみていくと「大石稲荷」というのがあった。
 大石内蔵助をまつったものではないか。
 それが廃社になっていていいのか。
 驚いた。

 帰宅して近世や近代の地誌類をみたが、この廃社、記載がなかった。
 たんに伏見稲荷社の山科側の山口を祭る社なのかも知れない。
 それでも廃社はあかんやろ。
 不思議な景観だった。

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2008.01.05

仕事たいへん進む。

 知らんまにまた首位にもどっている。
 すごいなあ。
 ありがとうございます。

1/4(金)はれ
 天気がいいのに、事務所にこもって仕事に没頭。
 めっちゃ、進んだ。
 久しぶりにいい気分だ。
 ようやく先がみえてきた。

 でもなあ。
 明日からもう外に出ていかなあかんし、別の締め切りふたつもまもなくやってくる。
 ひとつのことに没頭させてもらえへんなあ。
 
 「のだめカンタービレ」スペシャルも仕事しながらみた。
 原作に忠実である。
 すばらしい。
 原作者の意向とか。
 うれしいです。
 原作を愛するファンを大切にしていただき感謝いたします。

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2008.01.04

家から出ず

1/2~1/3
 家から出ずに籠もりっきり。
 仕事が進んだにちがいない。
 ほんとうか。

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2008.01.02

寒い元旦

 寒い元旦でした。
 が、未だこの冬、雪をみていません。
 湖北などの豪雪が信じられない。

 今日の『京都新聞』朝刊に、いつも話題にしている鞆ノ浦の「龍馬の宿」の記事があって驚いた。
 鞆ノ浦の問題は中国地方のローカルニュースではいかん、全国版でないと、といっていたが、ついに京都に来た。
 いい傾向だ。
 ぜひみなさん行って下さい。

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2008.01.01

謹賀新年

 2008年(平成20、戊子、2668)元旦。
 数え年42歳になりました(満40歳2ヵ月)。

 新年、あけましておめでとうございます。
 
 なんか、またいろいろありそうな予感がしております。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 まずは、
 1.『池田屋事件』講談社現代新書
 2.『京都の江戸時代をあるく』文理閣

の原稿提出が最大の課題です。

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