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2007.12.12

龍馬遭難の日の超豪華ツアー

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 本日もブログランキング1位です。
 誠にありがとうございます。

 久しぶりに、1日更新ができなかった。
 すこし気をぬくと更新できない。
 あっという間に時間がすぎる。
 おそろしい。

 12/10(月)はれ
 多忙をきわめた日。
 9時から大谷大学へ出講。
 史蹟論をはく。

 つづいて京都駅へ。
 友人F氏と合流。某所への建碑の話し合いに行く。
 困難はあるが、1歩すすんだ(と思う)。

 昼、東京からM川M理子氏ほかご友人お2人上洛。
 某所でランチをいたす。

 ほんの1部の知る人ぞ知る、幕末の由緒ぶかい建物がお食事処になっている。そこで。
 龍馬がふれたかも知れぬ建物である。
 そのうち有名になるであろう。
 いまはいえぬ。
(といっても、ここだけの話といって、けっこう僕の講演ではしゃべってるけど)

 僕だけ早く出て、佛教大学へ出講。
 惣構論。
 先週にひきつづき、仁木宏さんの御説のご紹介。

 一旦帰宅し、次の準備。

 夕方6時、木屋町三条へ。
 京都龍馬会本部「龍馬」で、講演。
 今日は「龍馬の墓」論。

 龍馬埋葬地である、霊明神社の盛衰のはなし。
 いかに志士の聖地になり、また隣地の霊山護国神社に吸収されていくかを論ずる。

 午後7時半終了。
 その後、M川さんなど3人と近江屋跡へ。
 やはり東京から駆けつけたC野氏と同地で合流。
 
 午後8時から8時半ごろ、龍馬遭難の時間。
 同じ日、同じ時間にその地に立っている。
 メンバー5人、個々に一斉に写真撮影。
 つづいて同地で龍馬を斬った渡辺篤の回想録の朗読を開始(担当はC野氏と中村)。

 通り過ぎる人たち、一様にこの異様な集団に驚いた模様。

 これで終わらない。
 刺客は四条通へ出て千本通から下立売まで北上。
 千本下立売を東へ進み、智恵光院を左折(北上)。
 西側の寺に入ったという(渡辺篤の回想録。『坂本龍馬全集』909~910ページ)。

 このコースを追っかけてみた。
 東京の人々、時間がない。
 9時半の新幹線終電で帰らねばならぬ。

 ゆえに断腸の思いでタクシーに乗る。2台に分乗。

 千本四条から北上することはできない。
 同地から三条通までは南むきの一方通行である。

 ゆえに四条河原町から千本三条をへて千本下立売で下車。

 たまたまタクシー運転手、高知県北川村の出身という。
 龍馬と斬られた中岡慎太郎の出身地だ。
 こんな偶然あるものか。喜ぶ。

 千本下立売から「寺」まで徒歩。
 午後8時半すぎのこの界隈、とても静寂。
 当時をしのぶものあり。

 刺客は近江屋での物音が隣地の土佐屋敷に聞えることをおそれた(上記、渡辺の回想録)。
 いまの河原町蛸薬師ではぴんとこないが、千本下立売東入るあたりでは理解できる。
 ほんとうに静かだ。
 龍馬や刺客の叫び声は、河原町蛸薬師にもれ聞えたことだろう。

 「寺」、真っ暗。その分、リアル。

 このあたり、平安宮内裏跡にして聚楽城跡である。
 僕が年中歩きたおしていてるところ。

 が、龍馬の刺客の帰路だと思って歩いたことがなかった。
 しかも同じ日、ほぼ同じ時間に。
 さすがに、感激した。

 寒いし時間がないのでながく滞在できず。
 すぐにタクシーに乗り、地下鉄丸太町駅へ。
 新幹線組は京都駅へ。
 烏丸御池駅でわかれる。
 どうぞお気をつけて。

 C野氏とF氏と河原町へもどる。
 土佐屋敷跡へ。
 
 あの日、いまごろ、大騒ぎであったろう。
 それを感じにいった。

 これで終わり。
 3人で打ち上げ。
 場所は土佐屋敷に隣接するビルの5回の居酒屋。
 近江屋跡はまん前。
 上から近江屋跡を眺望しながら夕食である(写真。ただし別の日の撮影)。

 ひさしぶりにビール(グラス)一杯を飲む。
 10日ぶりのビール。とてもおいしかった。
 居酒屋に行くのもいったいどれくらいか。
 思いだせない。
 注文がなんだか楽しかった。

 惜しいかな、すぐにみなの終電がちかづいた。
 Fさん、Cさん、それぞれ電車やバスの都合で個々に分かれる。
 
 なんと豪華で贅沢な1日であったろう。
 本日関われたみなさんに、心よりの感謝を申し上げます。

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