
本日もブログランキング1位です。
誠にありがとうございます。
久しぶりに、1日更新ができなかった。
すこし気をぬくと更新できない。
あっという間に時間がすぎる。
おそろしい。
12/10(月)はれ
多忙をきわめた日。
9時から大谷大学へ出講。
史蹟論をはく。
つづいて京都駅へ。
友人F氏と合流。某所への建碑の話し合いに行く。
困難はあるが、1歩すすんだ(と思う)。
昼、東京からM川M理子氏ほかご友人お2人上洛。
某所でランチをいたす。
ほんの1部の知る人ぞ知る、幕末の由緒ぶかい建物がお食事処になっている。そこで。
龍馬がふれたかも知れぬ建物である。
そのうち有名になるであろう。
いまはいえぬ。
(といっても、ここだけの話といって、けっこう僕の講演ではしゃべってるけど)
僕だけ早く出て、佛教大学へ出講。
惣構論。
先週にひきつづき、仁木宏さんの御説のご紹介。
一旦帰宅し、次の準備。
夕方6時、木屋町三条へ。
京都龍馬会本部「龍馬」で、講演。
今日は「龍馬の墓」論。
龍馬埋葬地である、霊明神社の盛衰のはなし。
いかに志士の聖地になり、また隣地の霊山護国神社に吸収されていくかを論ずる。
午後7時半終了。
その後、M川さんなど3人と近江屋跡へ。
やはり東京から駆けつけたC野氏と同地で合流。
午後8時から8時半ごろ、龍馬遭難の時間。
同じ日、同じ時間にその地に立っている。
メンバー5人、個々に一斉に写真撮影。
つづいて同地で龍馬を斬った渡辺篤の回想録の朗読を開始(担当はC野氏と中村)。
通り過ぎる人たち、一様にこの異様な集団に驚いた模様。
これで終わらない。
刺客は四条通へ出て千本通から下立売まで北上。
千本下立売を東へ進み、智恵光院を左折(北上)。
西側の寺に入ったという(渡辺篤の回想録。『坂本龍馬全集』909~910ページ)。
このコースを追っかけてみた。
東京の人々、時間がない。
9時半の新幹線終電で帰らねばならぬ。
ゆえに断腸の思いでタクシーに乗る。2台に分乗。
千本四条から北上することはできない。
同地から三条通までは南むきの一方通行である。
ゆえに四条河原町から千本三条をへて千本下立売で下車。
たまたまタクシー運転手、高知県北川村の出身という。
龍馬と斬られた中岡慎太郎の出身地だ。
こんな偶然あるものか。喜ぶ。
千本下立売から「寺」まで徒歩。
午後8時半すぎのこの界隈、とても静寂。
当時をしのぶものあり。
刺客は近江屋での物音が隣地の土佐屋敷に聞えることをおそれた(上記、渡辺の回想録)。
いまの河原町蛸薬師ではぴんとこないが、千本下立売東入るあたりでは理解できる。
ほんとうに静かだ。
龍馬や刺客の叫び声は、河原町蛸薬師にもれ聞えたことだろう。
「寺」、真っ暗。その分、リアル。
このあたり、平安宮内裏跡にして聚楽城跡である。
僕が年中歩きたおしていてるところ。
が、龍馬の刺客の帰路だと思って歩いたことがなかった。
しかも同じ日、ほぼ同じ時間に。
さすがに、感激した。
寒いし時間がないのでながく滞在できず。
すぐにタクシーに乗り、地下鉄丸太町駅へ。
新幹線組は京都駅へ。
烏丸御池駅でわかれる。
どうぞお気をつけて。
C野氏とF氏と河原町へもどる。
土佐屋敷跡へ。
あの日、いまごろ、大騒ぎであったろう。
それを感じにいった。
これで終わり。
3人で打ち上げ。
場所は土佐屋敷に隣接するビルの5回の居酒屋。
近江屋跡はまん前。
上から近江屋跡を眺望しながら夕食である(写真。ただし別の日の撮影)。
ひさしぶりにビール(グラス)一杯を飲む。
10日ぶりのビール。とてもおいしかった。
居酒屋に行くのもいったいどれくらいか。
思いだせない。
注文がなんだか楽しかった。
惜しいかな、すぐにみなの終電がちかづいた。
Fさん、Cさん、それぞれ電車やバスの都合で個々に分かれる。
なんと豪華で贅沢な1日であったろう。
本日関われたみなさんに、心よりの感謝を申し上げます。