地理学的視点になっていたことにきづいた
10/29(月)はれ
朝1番、大谷大学へ出講。
ここでも幕末志士の居所論。
なぜ志士は「そこ」に集まるのか、というはなしで、大仏(方広寺、妙法院)、河原町三条、今出川寺町界隈を例に薩・長・土をとりあつかう。
これについては『京都民報』の連載でふれたし、近刊の『京都の江戸時代をあるく』(文理閣、来年3月刊行予定、価格1500円ていど)のなかに掲載される。
このことを検討していた際、多くのご教示を下さった、歴史作家にして歴史研究者といってもよい桐野作人さんも南日本新聞の連載で、今出川の薩摩関係者の居所論を展開された。
今回、両方を参考文献に講義したのだが、今回読み直していておもしろいことにきづいた。
おなじものをみているのに、桐野さんと僕のアプローチの手法がちがうのだ。
桐野さんは純然たる歴史からの関心なのだが、僕は地理学的関心である。
歴史学からの歴史地理の大事さを説いてきたはずなのに、自分が地理学の立場から語っていたのだ。
すなわち現代とは直接関係のない過去の検討ではなく、「現代の場所」への疑問から、過去にその意味をさがしにゆくというスタイルだ。
自分のことなのに、おどろいた。
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