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2007.08.31

新幹線、不測の事態にまきこまれる

8/30(木)あめのちくもり、夜またあめ
 名古屋市の栄中日文化センターへ出講。

 講座「城と合戦」は午後1時から。
 
 11時46分発ののぞみに乗る予定だった。
 が、20分も遅れて到着。
 信号の故障とか。ぎりぎりか。

 いやいや途中、米原でのぞみ止まる。
 こりゃ、まにあわんわ。
 車内からケイタイで担当Oさんへメールを送る。

 その後もゆっくり走る。
 
 最後はスピードをあげる。

 結局到着は午後1時10分すぎ。
 新幹線にちょうど1時間乗っていた。

 メールが読まれているか不明だったので、名古屋駅から電話する。
 受付のおねえさんに伝える。
 「講師遅刻」の連絡がとどいていないもよう。

 駅の電灯掲示板によると、落雷が原因とか。

 栄中日文化センターに到着は1時30分ごろ。

 受講者お待ちかね。
 ご迷惑をおかけしました。

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2007.08.29

お好み焼き店「世津」閉店

8/26(日)はれ
 京都おこしやす大学に出講。
 京都駅南部の巡検です。

 キャンパスプラザ京都で事前レクチャーを行う。
 行ってびっくり。
 同館で、ふたつも関心のあったイベントが開催されていた。
 
 車石シンポと、京都府庁文書シンポ。
 さすがに立ち寄れず。残念でならず。

 午後からの巡検。
 御土居堀跡を気にしながら、新選組最後の屋敷跡、綜芸種智院跡、遍照心院跡(六孫王神社)へ。 
 
 六孫王神社では、社のご好意で源経基墓にお参りできる。
 社殿のうしろにあるので普段は近づけない。
 実はぼくも初めて。

 最近、遍照心院・六孫王神社にはまっているので、たいそう感激する。

 最後は東寺へ。
 蓮花門など築地の外郭門を観覧しながら、南大門から境内に入る。

 この南大門、大仏方広寺(東山区)の西門だったことがほとんど知られていない。
 同門にいささかもそのことが書かれていないことが大きいのかも。
 明治以前、ここにはなかったのだ。

 旧地は現在の三十三間堂の北隣地、大和大路七条の交差点にあった。
 つまりその東側、京都国立博物館の南門から智積院の門前まで自動車道路が貫通しているが、明治以前は方広寺の境内だったということになる。

 知られていないことが惜しい。

 あまりに暑かったので、そこまで丁寧な解説ができなかった。
 
 旧平安京現存最古の建物といえる宝蔵(平安時代?)をながめ、慶賀門を出、東側にまわって南東角で解散となる。
 みなさま、暑い中ご苦労さまでした。
 
 終了後、もしやと思い、裏寺町六角へ。
 お好み焼き店「世津」、やっていた。

 入ってみる。
 「8/26をもって閉店」の貼紙をみる。
 今日だ。まにあった。

 店主からようきてくれた、という顔をむけられる。
 いっぱい注文したが、えらいサービスしてもらう。
 
 思い出いっぱいの店とのお別れは感慨ぶかい。
 満員だったが、残念なことにほとんどのお客は今日が閉店日と知らずにきている。
 意識をしていたのは僕ともうひとりぐらいだった。

 ながい間、ありがとうございました。

 また「なじみの店」をさがさななぁ。

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2007.08.27

水火天満宮の近世・近代文書に驚く

8/25(土)はれ
 水火天満宮(京都市上京区堀川通紫明下ル東側)の虫干しに行く。
 菅原道真伝説を描いた絵巻が拝見できると宮司さんから聞いていたから。

 でもそれ以上に目をひいたのは、江戸後期以後の文書・記録・絵図類。
 こんなものがあったのか。
 たくさん、ということはないが。おどろく。

 同社の歴史は詳しくわかっていない。
 『京都市の地名』(平凡社)に簡略に記されているぐらい。
 
 『史料京都の歴史』上京区編ではまったくといってよいほどふれられていない。
 同書付録の上京区の文書目録に「水火天満宮文書」が入っていない。
 見落とされていたのだ。

 とても貴重なものですから大事にしてください、という。

 僕がかかわれたらいいのだけど、とてもそんな余力はない。
 残念である。

 この日の虫干し、参加者皆無。
 まったく新聞などに報じられていない。
 もったいない。

 友人をつれてきたらよかった。

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2007.08.25

【巡検】池田屋事件の舞台地をあるく

 くずし字入門に出講。

 池田屋事件に関する「乃美織江の手記」(増補版、1890=明治23年)の読み会、次回でついに終わる。

 それを紀念して、次回はゆかりの地を巡検することになった。
 コースは以下。
 かなりなマニアコース。

 地下鉄「京都市役所前」駅改札 ⇒ 長州屋敷跡 ⇒ 塩屋兵助宅跡(吉田稔麿ゆかりの地) ⇒ 望月亀弥太自刃伝承地 ⇒ 北添佶摩戦死伝承地 ⇒ 対馬屋敷跡(桂小五郎避難の地) ⇒ 池田屋跡 ⇒ 四国屋跡  ⇒ 三条大橋(長州屋敷小物逮捕地) ⇒ 三縁寺旧地 ⇒ 小川亭跡 ⇒ 魚品跡(木村甚五郎捕縛地) ⇒ 吉岡庄助斬殺地付近 ⇒ 桝屋喜右衛門(古高俊太郎)宅跡 ⇒ 吉岡庄助埋葬地(誠心院)

 原則として「くずし字入門」受講者対象ですが、一般の方もよろしければおこし下さい。
 
           記
 日時:2007年8月31日(金)午後0時30分~夕方
 集合:地下鉄「京都市役所前」駅改札
 参加費:500円
 主催:京都史蹟隊(隊長・中村武生)

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2007.08.24

水のあふれた交差点をタクシーでいく

8/24(木)あさ大雨、ひる晴れ、夜小雨
 朝の雨のおかげですずしくなる。

 昨日は京都府庁で超大雨にふられた。集中豪雨だ。
 友人U原K久氏はここにお勤めだが、一昨日も訪ねたので今日は遠慮する。

 とても帰られないのでタクシーに乗って、地下鉄丸太町駅にむかうつもりだった。
 が、降りようとしたら烏丸丸太町交番前は池のように水がたまっていた。

 降りられず市役所前駅まで行ってもらった。
 サファリパークに行ったみたいだった。楽しかった。

 友人K田K美子氏と裏寺町「世津」に行ったら、開いてなかった。
 ちょうちんがなかったので、もう廃業したのかも知れない。
 27日まではやっているといっておられたのだが。

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2007.08.22

岡田有希子の誕生日

 本日はタモリ、みのもんたの誕生日であるが、なによりも岡田有希子の誕生日であることを忘れてはいけない。
 今年でとうとう40歳になる。

 生きていたら。

 死んだ子の年令をかぞえている。

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2007.08.19

平安宮・聚楽城跡を案内する

8/18(土)はれ
 京都おこしやす大学に出講。
 会場は京都アスニー(中京区七本松通丸太町)。
 午後からの平安宮跡・聚楽城跡巡検のレクチャーを行う。

 炎天下での巡検なので参加者少数。
 レクチャーだけ受けられて帰られた方さえある。
 が、そのぶんありがたい。
 
 たまたま本日、地蔵盆の日。
 立ち寄るところ各所にテントが設置され、イベント中。

 承明門跡では、終始うさんくさそうに注目される。
 早々に立ち去る。

 少人数だったのでかゆいところに手がとどくようなご案内ができた。
 よい日だった。

 お世話になった関係者のみなさんと受講者に感謝。
 いい汗をかきました。

 帰宅すると拙宅の前でも地蔵盆中。
 残念ながら関係せず、家にこもる。

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2007.08.17

五山送り火の日でした

8/16(木)はれ
 事務所のそうじをする。
 すこし見栄えがよくなった。 

 五山送り火の日。
 
 近所で実際にみれるのだが、しんどいので、見栄えのよい事務所で、お好み焼きを焼きながらNHKの生放送をみる。

 来年は「特等席」で実際に見たいものだ。
 見れるか。

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2007.08.16

龍馬の哀しみを論ずる

8/15(水)はれ
 12時30分、基礎からまなぶ日本歴史に出講。

 お盆のためか、受講者少なし。
 それでもおこし下さるみなさんに感謝。

 今日は「終戦紀念日」じゃありませんよ。
 昭和天皇の玉音放送の日でしかありませんよ、という。
 
 「終戦紀念日」というならば、前日の8/14(降伏を連合国に表明した日)か、9/2(降伏文書に調印した日)が適切です、とたまには時事ネタもはなす。

 また遍照心院のはなし。
 あきない。

 終了後、受講者で、有名京菓子店の会長でもあるYさんからお仕事依頼あり。
 すぐ出来ないけれど、1~2年の間ということだったので、お引受けする。

 午後2時、「京都おこしやす大学」担当のYさんと打ち合わせ。
 今週末に、また内裏と聚楽城跡の巡検をするため。
 今回はレクチャーの場所が異なるので、コースも少し変わる。
 あらたに何ができるか考える。

 午後5時、木屋町六角の「龍馬」で講演。
 受講者、予定以上おこし。
 狭い店内いっぱい。
 おひとりは立ち見となる。
 遠くは名古屋、静岡からいらっしゃる。
 感謝。

 タイトル「坂本龍馬―悲哀の人」。
 龍馬はヒーローだと思えません。
 とても、とても哀しい人だと思えます。
 それを薩長和解ののちに焦点をしぼって論じる。

 もし京都土佐屋敷に入邸できていたら、近江屋で殺害されることはなかった、そんなはなしを土佐屋敷跡の斜め前の店舗で話せるのは幸せなこと。

 終了後、同店でたこ焼きパーティ。
 いつもいろんな場におこしくださりながら、なかなか親しくお話できなかった方々と懇親できる。
 ありがたいこと。

 楽しくて少し飲みすぎた。
 店内はまだ盛り上がっていたが、早めに帰る。

 次回は9月15日(土)です。

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2007.08.14

隠れた名刹、遍照心院旧境内をあるく

8/13(月)はれ
 「基礎からまなぶ日本歴史」の巡検。
 午前10時、JR京都駅中央改札(1階)に集合。

 源実朝夫人(本覚尼)の寺、遍照心院(大通寺)の旧領地をあるく。
 同寺旧蔵絵図によると、鎌倉時代には現・六孫王神社をふくむ13町もあったという。
 その四至を歩き回るというわけ。

 その地は旧平家西八条邸跡。
 梅小路公園にはそれを紹介する解説板がある。

 ありがたいことはまちがいない。
 が、問題はある。

 遍照心院がまったくとりあげられていない。
 平家西八条邸跡と遍照心院は、たまたま同じ場所に位置したわけではない。

 平家西八条邸跡はいわゆる平家没官(もっかん)領として、鎌倉殿源頼朝のものとなった。
 頼朝の死後は2代頼家に、ついで3代実朝に引き継がれた。

 その実朝夫人の居所であるから、鎌倉幕府(北条政子)によってその一部が譲渡されたわけだ。

 この地はたんに実朝夫人の居所ととらえてはいけない。
 また同じくたんに実朝の冥福を祈る寺というわけではない。

 「右大将家の御菩提のため」とあるため、右大将=頼朝一家、すなわち頼朝・頼家・実朝の3代将軍の菩提寺と位置付けられたはず。

 実朝夫人が亡くなってまもなくの絵図によれば、境内に「経基御社」「満仲御社」が存在している。
 清和(陽成)源氏の祖、源経基・満仲父子も祀っているのだ。
 すなわち後には、源氏3代にとどまらず、清和(陽成)源氏全体の菩提所となったと思われる。
 
 それゆえ足利家・徳川家ともに、その正当性のため同寺を保護したわけだ。
 
 近世に入ってもその存在は地域(葛野郡西八条村)に影響を与えつづけている。

 たとえばその旧境内にミヤコの城壁・堀(御土居堀)が構築されている。
 それをおそらく近世を通じて遍照心院(大通寺)が「預」っていた。
  
 京都は1200年の歴史が重なっている。
 平家の屋敷跡だけで地域を語れない。

 鎌倉時代以後の歴史もかたってほしい。

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2007.08.13

また古本まつりに行く

8/12(日)はれ
 また下鴨神社に行く。

 いくらでも安価で必要な本がある。
 「こんな本があったのか」、なんて驚くものもある。
 いろいろびっくりする。

 昨日来たとは思えんぐらい、また購入。

 某所で「家にはどれだけ本があるんですか?古本屋ができるんじゃないですか」と聞かれた。
 それはそうです。
 かなり偏りがありますが、できるに決まってます。

 なんせ日々、自分にとって最高の図書館をつくるための努力をしているわけだから。

 先日報じたお好み焼き店「世津」に立ち寄る。
 さすが日曜日、人が多い。

 毎日これだけきたらなぁ、閉店せんですんだのになぁ。

 「R」にも立ち寄る。

 今日は店主の誕生日の由。
 武田久美子さんと同じですねというと、「なんでそんなん覚えてんの」とあきれられる。

 なじみのお客がこられてカラオケ大会はじまる。
 盛況を喜び、はやめに退出する。

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2007.08.12

下鴨古本まつりに出かけた

8/11(土)はれ
 昨日、論文推敲がたいへんはかどったので、本日は気分転換に下鴨神社へ行く。

 同所で、納涼古本まつりが本日より始まっている。
 ふだんは行かないのだが(散財することがわかっているので)、本日は何の気もなしに立ち入った。

 おそらく古本まつり自体、10余年ぶりの参加。
 
 朝11時に入る。
 すでに暑い。
 本屋の数も人も多い。

 いっぺんでやる気をなくす。

 でもしばらくいると、ここ独特の空気もわかってきた。
 ちらちら見ていると楽しくなってきた。

 小金はもっていたが、あまり買う気はしないし、やめとこうと思っていた。
 なんせホンキを出すと数万円が飛ぶことは確実だから。

 お昼をすぎた。
 まだ半分もみていない。
 でもおなかがすいた。

 帰ればよかったのに、近所のそば屋に行ってしまった。
 午後からもつづけるつもりらしい。

 そば屋のテレビで、大河ドラマ「風林火山」再放送をみた。
 ほとんど初回ぶり(千葉真一さんの最期の殺陣はみたけど)。
 勘助、エライ立派(きれい)になって。

 やっぱり食後も参加。
 日当たりのかげんで、午後の方がすずしく感じた。

 けっきょく、3時すぎまでいた。

 胸打たれる珍品にも出会った。
 『松陰本山彦一翁』や『正伝佐久間艇長』を格安(2000円)でみつけたのもうれしかった。
 
 買わんとこうとおもったのに、結局6店舗で7冊買ってしまった。

 楽しかった。
 古本まつりの意味もわかってきたし、文句いわんとまた来ようと思った。

 知った顔もちらほら見た。

 参加が年中行事化しているというY田K和博士もおみかけする。
 そのさわやかな足取りに声をかけそこねた。

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2007.08.10

喫茶店でお昼寝

 暑かったですね。
 
 お昼、もよりの喫茶店で、2時間もお昼寝をしてしまった。
 とてもいいイスなもので。

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2007.08.09

お好み焼き店「世津」閉店決定

 先日、裏寺町六角下ル(中京区)の、なじみのお好み焼店「世津」に立ち寄りました。

 店主世津さんから、今月いっぱいで閉店と聞かされました。

 抜群に安くて、しかし決してまずいわけではない。
 豚玉1枚500円をきっているのだ(450円)。
 
 が、いつもガラガラ。
 この日は僕以外に2組いて、1組はたくさん注文してくれていて本当によかった。

 僕は「休肝日」だったので、ビールも飲まずで、申し訳なかった。

 これで1985年以来かよってきた、裏寺町六角付近のなじみのお好み焼店3店、すべて閉店となった。
 残念でなりません。

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2007.08.08

戦国期本能寺旧境内から堀が出た

8/7(火)はれ一時雨
 朝、京都新聞朝刊をみておどろいた。

 戦国期の本能寺旧境内から堀が出たという記事だ。
 外郭を囲む堀ではない。
 内部をさらに区画してるのだ。

 出土瓦が大きく写真掲載されている。
 「能」の字が現在のそれだ。

 つくりのところ「ヒ」「ヒ」が重なっているのがただしい字なのだが、たび重なる火災に縁起をかついだ同寺は、つくりに「去」という字を使って、まったくことなる字をつくった。

 それが戦国以前だとは思わなかった。
 近世のことだと思っていた。
 まったくもっておどろいた、というわけ。

 現地説明会がないらしい。
 これは残念。実に残念だ。

 夜、「R」で学習。
 ずっと持ち続けてきた某論文、その推敲。
 ようやく世に送る日がきたと意気込んでいる。

 飲み屋で勉強しやがって、という隣客のいやみに負けず、はかどらせる。

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2007.08.06

展覧会ご案内、ぜひ行ってほしい

 京都府埋文センターの森島康雄さんから次のようなご案内がまいりました。
 尊敬する研究者のおひとりです。

 思いがわかりますのでご紹介させていただきます。 

 ぜひ行ってください。 
 参加者が少ないと、このような展覧会は中止になるでしょう。

 遺跡に対する国民の関心が低いとほかの面にも影響が及びます。

 たとえば発掘調査。
 これはその土地を次に開発する業者が原則、費用負担します。

 義務ではありません。
 協力してもらうのです。

 正直、いやだと思います。
 高いお金かかるのですから。

 でも社会への大事な還元と思って協力されるのです。

 それなのにその成果を知らせる現地説明会に人が来なければ、業者さん、どう思われますか。
 ニーズのないことに金をつかわせやがって。研究者のエゴだ、と思われるでしょう。

 そして発掘調査や現地説明会、遺跡保護に協力してくれなくなります。
 それはとても困ります。

 ですからどうか、遺跡啓発のイベントにはなるべくご参加ください。
 長い目でいて、いろんな遺跡保護につながるのです。
  
(以下は森島さんの案内文)

 今週末から、恒例の第23回小さな展覧会を下記のとおり開催しますので、ご案内いたします。

 この展覧会は、当調査研究センターおよび京都府内の各教育委員会・各機関が、平成18年度に実施した主な発掘調査の成果を、出土遺物の展示と写真パネルで紹介するものです。

 昨年度の京都府内の調査成果を概観する良い機会だと思うのですが、近年、入場者数が減少傾向にあり、このままではこの展覧会の存続も危うくなるかもしれません。

 近くにお越しの際、あるいは盆休みなどに、お時間がありましたら、ぜひ、お越しください。

                       記

会場:向日市文化資料館  向日市寺戸町南垣内40番の1【入場無料】

会期:平成19年8月11日(土)~平成19年8月26日(日)
※休館日  8月13日(月)・20日(月)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は4時45分まで)

主な展示品:
 ①古墓に供えられた輸入陶磁器(宮津市成相寺旧境内遺跡) 
 ②水辺の祭祀に使われた土器群(宮津市難波野遺跡)
 ③土器に書かれた古代の文字(福知山市土遺跡)
 ④鈴のついた須恵器高杯(福知山市安井北古墳群)
 ⑤弥生時代の磨製石器群(亀岡市時塚遺跡)

 ⑥国分古墳群の副葬品(亀岡市国分古墳群)
 ⑦前方後円墳に供えられた家形埴輪(大山崎町境野1号墳)
 ⑧琴柱形石製品(木津川河床遺跡)
 ⑨韓国からもたらされた陶質土器(城陽市芝ケ原9号墳)
 ⑩古墳時代中期の家形埴輪(木津川市内田山B8号墳)

 なお、18日(土)午後1:30から、展覧会場近くの向日市民会館において、今回の展覧会に合わせた内容の埋蔵文化財セミナーを開催予定ですので、合わせてご案内いたします。

1.古墳時代の水辺のマツリ-宮津市 難波野遺跡-
      (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター主任調査員  引原 茂治

2.埴輪と古墳のマツリ-木津川市 内田山B8号墳-
      (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター主任調査員  竹原 一彦

3.八角形墳と銀装の大刀-亀岡市 国分古墳群-
      (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター調査員  筒井 崇史

4.小さな展覧会の見どころ(主な展示品の解説)
      (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター資料係長 田代 弘

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お龍の父楢崎将作の新情報

 先日、いつもお世話になっている、京都府立総合資料館の松田万智子さんから表記のこと、ご連絡をいただいた。
 
 お龍の父、楢崎将作は青蓮院宮(のちの中川宮朝彦親王)に仕えた医者で、お龍を紹介した家族宛の龍馬の手紙にも登場する。

 安政大獄に連座した人物たちと親交があったこと、その最後の居所が柳馬場三条下ルだったこと、文久2年(1862)6月20日に亡くなったこと、埋葬地が寺町通六角の西林寺(現在は左京区八瀬へ移転)だったことなどがわかっている程度だ。

 正直、生前を知りえる、同時代の史料に乏しい人物といえる。

 そんなところに同じく青蓮院宮に仕えた坊官、進藤千尋の日記が紹介された。
 その安政5年(1858)6月13日条にわずかながら、楢崎将作の記事があったという。

 これを紹介されたのは武庫川女子大学の管宗次さんの論文「進藤千尋について―青蓮院宮坊官の文事」(『上方文藝研究』4号、2007年5月、上方文藝研究の会、大阪大学大学院文学研究科飯倉研究室内)である。

 それによると、
 進藤千尋は楢崎将作へどこかへ行くことを頼んだ。
 それを楢崎将作は「承諾」したようで、「三条柳馬場角書林堺屋」に案内をさせる予定らしいことがわかる(22ページ)。

 あまり意味のなさそうな記述だが、管宗次さんもご指摘のように、そもそも基礎データの少ない人物であるからまずは貴重である。

 とりわけ三条柳馬場といえば楢崎の居所であるから、興味深い。
 
 なお本史料は、写真版が刊行される予定という。
 今回の翻読部分2ヵ所が空白になっている。

 その部分「□□行頼候」とある。
 もしや地名か人名では。
 
 いったい何が書いてあるのか。
 刊行が大変楽しみだ。

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2007.08.05

龍馬とお龍、別居夫婦論

8/4(土)はれ
 名古屋・栄中日文化センターの龍馬講座の日。

 今回のテーマは「別居夫婦」。
 慶応2年6月、いわゆる新婚旅行のあと、妻お龍(りょう)は長崎・下関と居所を変える。
 その間、龍馬は妻と同居しない。
 政治活動に挺身する。

 いわば「別居夫婦」だったのだ。

 たまに妻の居所に立ち寄る。
 その間の動きを、現存唯一の龍馬のお龍宛書簡や、いつものお龍回想録(反魂香、千里駒後日譚)を読みながら論じる。

 あいかわらず準備不足。
 直前から本番にかけて、「あれも調べておけばよかった」だらけ。 
 ぶざまなこと。

 栄中日文化センターでの「龍馬講座」はもう限界を超えている。
 来月が最終回。
 よい引き際かと思う。

 来月は「龍馬を失って」。
 龍馬の死後、お龍は40年も生きる。
 その間の動きをお話しする。

 終了後、いつもの有志との懇親会。
 ここがもっとも勉強になる。
 M川M理子さん、C野F哉さんほか、みなさんから本日の内容のコメントをもらう。
 気づいていないことに多々気づかせていただける。

 この会も次回で終わり。
 Mさん、Cさん、「龍馬」精鋭のおふたりの前で講座を行うのは本当にきつかった。

 が、そのおかげで僕の「龍馬論」は大きく飛躍した。
 感謝してやみません。

 次回でおわる、そういう意味ではとても惜しまれます。

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2007.08.04

大沢逸平の出身地は大和か

8/3(金)はれ
 くずし字入門に出講。
 あいかわらず池田屋事件における乃美織江の手記を読んでいる。
 
 今回は吉田稔麿の遺体が発見されたところから、翌日に入ってきた情報について述べる部分。

 従来知られていた本と、今回の1890年(明治23)修正本との相違を今回の部分で記せば、
 長州屋敷御雇の大沢一平(逸平)の出身地。

 これまで「大和」と思われていたと思うが、修正本には「京都山田村」とあった。
 葛野(かどの)郡上山田村か下山田村のことと思われる(現西京区山田)。
 
 事実かどうかの検証はこれからの課題です。
 
 終了後、D社のY野さんと打ち合わせ。
 9/30(日)に行われる、第11回洛洛歩考会の件(主催:国道交通省京都国道事務所)。

 今度は伏見街道です。
 また僕が事前学習会の講師ですので、よろしくお付き合い願います。

 過去に参加された方には、8月20日ごろ封書が届くようです。

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2007.08.03

ほめ上手のY田さん

 8/2(木)はれ
 昨日、講談社メールマガジンの原稿を担当Yさんに送った。
 本日、そのお返事をいただいた。

 えらいほめていただいた。

 僕はこのY田さんを日本一の編集者のひとりだと思っている。
 今回Y田さんと大仕事ができることを心から喜んでいる。

 そんなY田さんからほめられると気がよくなる。
 次も頑張ろうと思う。
 
 ほめ上手は大事だ。

 また今週が終わろうとしている。
 「京都検定/日めくりドリル」の来週分をすこしつくり、お送りする。

 京都民報の連載がおわり、もう1週間。
 大学も夏休みに入り、すこしは日常のいそがしさから解放されたと思っていたのだが、まだ残務整理みたいな仕事が多く、楽になった気がしない。

 もうすこしだ。

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2007.08.02

京都で龍馬の講演をします

8/1(水)はれ
 なじみの店「龍馬」(中京区木屋町三条下ル)に行った。
 しばらく毎月15日にミニ講演会をすることになった。

 しまった、また仕事を増やしたという悔悟と、これでよいのだという思いが交錯中。

 で、第1回は以下のとおりです。
 よろしければおこしください。

 タイトル:坂本龍馬―悲哀の人
 講師:中村武生(歴史地理研究者、佛教大学・同志社大学など非常勤講師)

 日時:本年8/15(水)午後5時~6時
 参加費:千円(お茶とお菓子がでます)
 ※限定15名

 場所:龍馬(京都市中京区木屋町三条下ル材木町184、都会館1階)
 お問い合わせ:075-211-3666(電話・ファックス兼)

 なお終了後、同店でたこ焼きパーティがあります(参加自由。飲み放題3000円)

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