寺田屋問題、あふれる資料に溺死寸前
5/4(金)はれ
K県から友人きたり。
日本一の坂本龍馬情報収集者といっていい、Mさん。
僕がいま1番執着している寺田屋問題。
先日東京でお目にかかったおり、議論した。
それに触発なさって、その検証のためこられた。
こちらもまなびたいことがあるので同伴する。
計画が決まってから、数日メールでやりとり。
いろんな資料をおもちであったことが知れた。
本日、それを持参くださる。あふれるほどの情報。
いや、もうすごいこと。
わずかな期間に、日本屈指の寺田屋通になったといってよいのでは。
既報のように、いま『週刊京都民報』にこのネタを連載中です。
もうまとめにはいるべきなのに、加筆はおろか訂正もしたいようなことがわかってきた。
あるきながらなやむ。
検証のネタのひとつが東山霊山の龍馬墓にある。
行ってみた。
つくなりM氏、歓喜の顔。
なにごと?
ちかづくと、寺田屋問題の影の「立役者」では、と思っていた人物名が。
こんなところに。
なんども通った場所なのに、まったくきづかず。
無名な人ですから。
関心がないと目に入らないものですね。
仮説はあたったとみてよいだろう。こんなところに名があるのだから。
そうか、やっぱりあなただったのですね。
みつけたのはM氏。
いやいや、おそるべし。
同様にすごいのは東京のC氏だ。
いま注目しているある祭典がある。
それにかかわる冊子が当時刊行された。
が、わずか48部しか関係者にくばられなかった(『坂本龍馬全集』3訂版1102ページ)。
稀こう本である。
京都府立総合資料館・府立図書館はおろか、日本全国の大学図書館にも所蔵されていないらしい。
が、C氏がもっていた。
なんと2冊も。
関係者48人のどなたかの子孫ではない。
古書店で手に入れられたのだ。
彼を日本一の坂本龍馬資料コレクターというのは過剰評価ではない。
いまその冊子は宅配便でこちらにむかっている。
僕の「ピンチ」を知ったC氏が「友情」により資料提供くださるというのだ。
いま遠くはなれた出身地のK県におられる。
そこから僕のために現物を送ってくださった。
みなさんに研究を助けてもらっている。
感謝してやみません。
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