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2007.05.05

寺田屋問題、あふれる資料に溺死寸前

5/4(金)はれ
 K県から友人きたり。
 日本一の坂本龍馬情報収集者といっていい、Mさん。

 僕がいま1番執着している寺田屋問題。
 先日東京でお目にかかったおり、議論した。

 それに触発なさって、その検証のためこられた。
 こちらもまなびたいことがあるので同伴する。

 計画が決まってから、数日メールでやりとり。
 いろんな資料をおもちであったことが知れた。

 本日、それを持参くださる。あふれるほどの情報。
 いや、もうすごいこと。
 わずかな期間に、日本屈指の寺田屋通になったといってよいのでは。

 既報のように、いま『週刊京都民報』にこのネタを連載中です。
 もうまとめにはいるべきなのに、加筆はおろか訂正もしたいようなことがわかってきた。 

 あるきながらなやむ。
 
 検証のネタのひとつが東山霊山の龍馬墓にある。
 行ってみた。
 
 つくなりM氏、歓喜の顔。
 なにごと?

 ちかづくと、寺田屋問題の影の「立役者」では、と思っていた人物名が。
 こんなところに。
 なんども通った場所なのに、まったくきづかず。
 無名な人ですから。
 関心がないと目に入らないものですね。

 仮説はあたったとみてよいだろう。こんなところに名があるのだから。
 そうか、やっぱりあなただったのですね。

 みつけたのはM氏。
 いやいや、おそるべし。

 同様にすごいのは東京のC氏だ。
 
 いま注目しているある祭典がある。
 それにかかわる冊子が当時刊行された。

 が、わずか48部しか関係者にくばられなかった(『坂本龍馬全集』3訂版1102ページ)。
 稀こう本である。
 京都府立総合資料館・府立図書館はおろか、日本全国の大学図書館にも所蔵されていないらしい。

 が、C氏がもっていた。
 なんと2冊も。

 関係者48人のどなたかの子孫ではない。
 古書店で手に入れられたのだ。

 彼を日本一の坂本龍馬資料コレクターというのは過剰評価ではない。

 いまその冊子は宅配便でこちらにむかっている。
 僕の「ピンチ」を知ったC氏が「友情」により資料提供くださるというのだ。

 いま遠くはなれた出身地のK県におられる。
 そこから僕のために現物を送ってくださった。

 みなさんに研究を助けてもらっている。
 感謝してやみません。

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