義経の正妻河越氏のこと
5/30(水)午前中あめ、午後からはれ、夜一時雨
午前中、いつもの京都女子大学に出講。
堺環濠のおはなしをする。
約150人の受講者。
いつも終わってから感想文を書いてもらう。
読み応えあり。
感嘆する文章だらけ。
すばらしい学生さんたちがそろっている。
午後からキャンパスプラザ。
こちらもいつも聞き上手のみなさん。
「吾妻鏡」の義経最期の部分を読む。
周知のことであるが、義経には妻子(妻22歳、娘4歳)があり、それを殺害してから自らも死ぬ。
義経の妻子といえば、すぐ静御前と頼朝に殺されるその男の子と思われる。
一昨年の大河でも、最後の義経はひとりだった。
そのことをつよく申し上げた。
その妻は河越氏の娘。
その実家は埼玉県川越市で、現在国史蹟指定地だ(河越館跡)。
実は僕の先祖の地も川越市である。
なんと本家宅と河越館跡は川をはさんでとなりどうし。
先祖は河越氏と有縁であったにちがいない(冗談)。
そんなわけで義経の正妻河越氏にはひとかたならぬ思いがある。
永井路子原作の大河「草燃える」(1979年)はちゃんと妻子を殺害してから自刃していた。「吾妻鏡」にしたがっていた。そばに佐藤忠信がいたことをのぞいて。
戦国や幕末が事実にもとづいて書かれていないとよくなげくが、史料の少ない中世前期でもこんなていたらくだ。なさけない。
夜は大谷大学で講師懇親会。
H先生とある話題でもりあがる。
予期せず同じ問題意識をもっておられて、びっくり。
ぜひ研究会をたちあげましょう、ということになる。すばやい。
いやぁ、これは楽しみ。
さっそく第1回会合日をきめる。
酔いがまわらないうちに手帳に書く。
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