「その場所」で講義していることにきづく
4/27(金)はれ
前日東京から帰り、一旦帰宅した後、すぐ京都新聞文化センターに出講。
本日は朝1番で、同志社大学に出講。
豊臣三都(大坂・京都〈聚楽〉・伏見)論をのべたのだが、「征夷大将軍の道をあきらめた秀吉は、近衛家の養子にはいり、藤原秀吉となって関白に任官した云々」というくだりにきて、はっとした。
講義している新町校地は、中世の近衛邸跡ではないか。
まさにその現場で話をしていたのだ。
なんということ。
感激このうえない。
京都の研究を京都に住んで京都で働きながらしている。
こんな幸せがあるか。
別のところでも同じことを思った。
午後からは京都駅前のキャンパスプラザにうつり、「くずし字入門」に出講。
いまは尼門跡の一覧を読んでいる。
実はそこで出てくる宝鏡寺や大聖寺はすべて僕の同志社通勤コースに存在する。
やっぱり生活しながら史料の現場をみている。
フィールドに住むことの大切さを心より実感している。
終了後、来週の京都検定日めくりドリルの問題づくりにかかる。
あわせて次回の朝日カルチャーセンターのバスツアーの昼食場所を選定せねばならぬ。
やることはゴマンとあるが、いっこも減らない。
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