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2007.02.12

福田千鶴氏『淀殿―われ太閤の妻となりて』

 おくればせながら、福田千鶴氏の近著『淀殿―われ太閤の妻となりて』(ミネルヴァ書房、2007年1月、2625円)を読む。

 淀殿の伝記といえば、故桑田忠親氏『淀君』(吉川弘文館)が著名である。
 豊臣秀吉関係文書の集成が三鬼清一郎氏によって進められ、桑田さんの時代とは格段に史料も多くなっているので、きっと興味ぶかい淀殿像が提起されているに違いないと思って手に取った。

 期待通りの興味深い内容でした。
 
 淀殿は秀吉の妻か妾か、なんて自明のことから入られる。

 僕は本当に不勉強でした。
 側室って「妾」だと思ってました。
 側室って「妻」なんですね。

 北政所ねいがナンバー1、京極龍子(松ノ丸殿)や淀殿がそのあとという序列に問題はないが、両者いずれも「妻」であるというのは目からうろこでした。

 そうそういわれてみれば、天皇家は中宮と皇后、2人以上の妻をもってますもの。
 女御だって妻でしょう。
 うかつでした。
 
 豊臣秀吉の唯一の妻である北政所ねいは、豊臣の嫡子秀頼の保護者としての地位を、生母とはいえ妾の淀殿から追われ、なんと不当なことかと思っていました。
 なるほど淀殿も秀吉の妻のひとりであれば、嫡子の生母としてそのそば(大坂城)にいても何ら不思議はありません。

 一夫一妻多妾という江戸時代の枠組みにだまされていたわけですね。

 近々に一般の方むけに北政所論をお話する機会があるのですが、参考にさせていただきます。ありがとうございました。

 みなさんにもぜひおススメします。

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