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2007.02.28

角田文衛氏『紫式部伝』を入手

2/27(火)はれ
 角田文衛氏の新刊『紫式部伝』(法蔵館)を入手し、読む。
 旧著の『紫式部とその時代』を所有していなかったので、それが収録されているのがありがたい。
 
 京都市内いたるところに、角田文衛氏や古代学協会の手による平安京旧蹟を顕彰する碑や解説板が設置されている。
 この事業もいつか京都史学史の一端として評価の対象になるはずだ。
 きわめて意義深い。

 寺町の盧山寺が紫式部邸跡であるとか、櫟谷七野神社が紫野斎院跡であるとか、現在よくしられたこの話。
 有名になりすぎて京都の観光客、ほとんど誰もうたがいをもっていない感じだが角田文衛氏の仮説にすぎない。

 どうしてそのような結論にいたったか、本書収録論文にそれが詳述されている。
 それを拝見したくて入手した。

 読後感。必ずしも賛意を表せるわけではないが、だからといって代わりの説が提示できるものでもない。
 そのエネルギッシュで精緻なお仕事にあらためて感銘をうける。

 さて次の待ち合わせ場所に行こうか、と思っていると、突然花粉症防止マスクをつけた女性に声をかけられる。
 おお、これは約15年前、よく遊んだ「親友」のひとりではありませんか。

 たぶん5年ぶりぐらい。
 そのときも同じように河原町三条付近でその人に声をかけられた。

 さっそく喫茶に行き、5年間どうしてたこうしてたと話をしあう。
 よい意味で何も変わっていないことに驚き、おもしろがる。
 30分ばかりのことでした。
 再会を約束してわかれる。

 つぎのポイントに移動。
 そこで携帯に電話がかかり、テレビ出演の打診がある。 
 生放送らしい。
 たまたま候補日のひとつが空いていたので引き受ける。

 生放送か。
 これまでもテレビ・ラジオ、少なからず出演しているが、すべて録画・録音だった。
 いや、FMラジオで1度生放送があったな。
 とにかくテレビははじめてだ。

 3/13(火)お昼12時から1時までの情報番組という。
 地上波は京都ローカル放送局。
 衛星でも同時に行うらしい。

 夕方雨がふりだす。
 あたたかいと思っていたら、それか。

 京都新聞社のYさんにお誘いをうけて会食。
 「ドリル」を今後どうするのかの打ち合わせをかねて。

 3月中旬で1年をむかえるが、もう少し延長することになる。
 人気コーナーなんだそうです。
 読者のみなさんのおかげです。
 ごひいきくださりありがとうございます。

 今日はいろんなことがありすぎた。

 が、明るい話題がほとんど。
 春の到来をおもわせる日でした。

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2007.02.27

菊池凛子さん、残念でした

 第79回アカデミー賞の結果をきいた。

 「バベル」の菊池凛子さん、助演女優賞、残念でした。

 菊池凛子さん、「海でのはなし」に出ていました。
 宮崎あおいさんを見にいったのに、たった2シーンしか登場しなかったのに、1番よい演技をしていました。

 「この人、うまいなぁ。何ていうひとだろう。この人の別の作品みてみたい」と思いました。

 その数日後です。ノミネートが報じられ、一躍有名になったのは。
 正直、自分の「目」に驚いたぐらいです。

 作品賞をとった「ディパーテッド」は、先日偶然みる機会がありました。
 作品のよしあしを語る資格はありませんが、感想をいえば、暴力シーンがあまりに多く、射殺される人はいったい何人いただろう。
 
 で、好ましくない映画と思いました。
 だから受賞をきき、違和感がありました。

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2007.02.26

第10回洛洛歩考会に出講する

2/25(日)はれ

070225

 久しぶりにかなりあいてしまった。
 他意はありません。忙しかったのです。健康も害しておりません。ご心配をおかけしました。

 本日、国土交通省京都事務所が主催する「洛洛歩考会」の10回目が行われた。
 京都の旧蹟をボランティアガイドの方が先導し、説明をうけるというもの。

 参加者約200名。
 応募は460名にのぼったという。
 かなり人気の会だ。
 半数以上が落選したらしい。

 僕はその会の冒頭で約40分、レクチャーを頼まれた。
 「京都の江戸時代と道」という内容。

 ただ午後からの現地見学コースが京都駅前から西本願寺・島原をへて、壬生にたっするという、いわば新選組旧蹟コースなので、はなしもそれにかたよらざるをえなかった。

 司会はKBS京都のアナウンサーの方。
 やっぱり司会がプロの方だと会がひきしまる感じをうける。

 以前、山科寺内町跡の一部が国史蹟指定されたとき、紀念イベントをした。
 その際もメンバーのU原さんの周旋で、ご友人のやはりKBS京都のアナウンサー出身の方に司会をお願いをした。そのときも感じたものだった。

 会場には関西テレビやKBS京都のテレビカメラがきていたので、おそらく夕方のニュースに流れたのだろうが、僕は午後からはお役御免で、京都市中京区の某所で古書の物色をしていたため見れなかった。

 見られた方はお知らせください。

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2007.02.21

企画展「先人達の京都研究」をみる

2/20(火)はれ
 京都府立総合資料館に行く。
 主目的は文献のコピーなのだが、いま「先人達の京都研究」という企画展をしていることにきづく。
 司書の松田万智子氏からそういえば聞いていた。

 僕も戦前の京都史研究者の何人かを追っかけているので、関心がないわけではなかった。
 で、松田万智子氏にお願いをして案内をしてもらおうと思ったら、あいにく午後からは公休でお目にかかれなかった。
 
 そのため不案内ながら一人でふらりと展示ゾーンに入る。
 
 いやぁ、びっくりした。
 驚くほど良質な史料が出ている。
 江戸時代から戦後にかけての(われわれの世界では)名だたる研究者とその著作がならぶ。
 これはすごい。
 
 京都には京都文化博物館(旧平安博物館)、京都市歴史資料館、京都国立博物館とすばらしい機関があるが、近世・近代の京都研究展というのはまったくこれまでなかったのではないか。

 とにかく担当の方々の気合いがとても感じられる。
 が、いかんせん展示ブースがせまい。
 伝えたいことがいっぱいおありだろうに、入りきれていないという感じだ。

 僕が執着をもつ研究者や機関についてもほとんどふれられていなかった。
 たまたま所要で入ってこられた担当のおひとり、福島幸宏氏とお話しすることができた。
 
 当然僕のいいたいことは先般ご承知であった。
 続編を期待しますと申し上げるとともに、ぜひ図録にしてください、中身を持って帰りたいですと訴える。

 1回ではとても頭に入らないので、できれば何回か訪ねたいと思った。
 この日は決していいことばかりではなかったのだが、この展示と福島氏とお話して、たいそういい気持ちになれた。

 みなさんにもおススメします。

 万人受けのものではないかも知れない。
 マニア好みのものかも知れない。
 が、とにかく意義深い展示と思います。

 京都史研究史上、画期的な企画のひとつとしとて、あとあとまで話題にされるのではなかろうか。

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2007.02.19

豊臣秀吉正妻、北政所ねいにこだわる

2/18(日)くもり
 嵯峨野学芸倶楽部に出講。
 「京都歴史講座」。
 
 今日の御題は「北政所ねい」。(「ねね」ではない。おそらく「おね」もただしくない。あえていえば「おねい」だ)。
 いわずと知れた豊臣秀吉正妻(のひとり)。

 いま江戸時代京都論に夢中だが、江戸前期の彼女の京都での位置がほとんど評価されていないのでは、という気がする。

 北政所といえば、すぐ居住地は高台寺とされるが、寛永元年(1624)に亡くなるまで、禁裏御所の真横(現、仙洞御所の地)に大邸宅を構えていたことが全く無視されている。

 山内一豊の妻(見性院)が、夫の死後、柳馬場丸太町(桑原町)に居住したのはなぜなのだ。
 北政所邸のそばだからとしか考えられない。
 
 北政所が慶長8年(1603)年に剃髪し、2年後に東山に高台寺を創建したのちも見性院は桑原町を離れていないのはなぜか。
 そばの北政所邸が機能していたからだろう。

 剃髪後のねいが、高台寺に常住していたというのは事実といってよいのだろうか。
 
 津田三郎氏『北政所』(中公新書)は晩年の彼女をとりあげた高著だが、まだまだものたりない。
 いつか北政所はまとめてみたい気がする、なんて夢想をかたった。
 
 そのあと主催団体でもある、伝統プロデュース「連」の会議に参加。
 上七軒のまちづくりについての活動をまなぶ。

 またよけいなことを言ってしまった気がする。
 「歴史部門は自分が担当だと自覚している」だって。

 みなさんは遠慮されて、「してくれ」といわないのに。
 (「議事録に書き漏らすな」という声が部屋にひびく。あとで言った覚えがないといわせない処置)

 でも北野・上七軒は僕にとって縁のふかいところだし、「連」とも浅からぬ関係にある。
 やむをえないことであろう(と自分を納得させる)。

 会議を中途で失礼し帰宅。
 来週の「京都検定日めくりドリル」の原稿をつくり、担当Yさんに送る。

 もうこれ以上仕事をしてはいかん、と自分で決めて、読み終えたい書物をもって、近所の店へ。

 酒を飲むところなのに、やんちゃな夫婦二組が乳幼児3人をほったらかしで飲み会をしている。
 乳幼児、店内を歩き回っている。
 店員に何度もぶつかりかけている。
 段差あるところにもふらふら寄ろうとしている。

 不快きわまりない。
 親は乳幼児の横でタバコもすっている。

 くるんじゃなかった。

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2007.02.17

上七軒の勝瑠ちゃん、舞妓デビュー

2/16(金)はれ

Katsuru

 しゃべりっぱなしだったような日。

 午前10時50分、「基礎から学ぶ日本歴史」に出講。
 桓武平氏、清和源氏(陽成源氏)のおはなし。承平・天慶の乱(将門・純友の乱)などにもおよぶ。

 1976年(昭和51)のNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の話もする。
 将門を加藤剛さん、純友を緒形拳さんが演じた。
 12時5分ころ終了。
 
 午後1時30分、東寺へ。
 東京都町田市の朝日の旅行の会の方々が上洛されている。
 3日間、京都の世界遺産をまわる旅程。
 その最終日に僕が少しだけ現地案内をする。
 大型バス二台で東寺に入ってこられる。
 多いなぁ。

 東寺は国宝・国重文など関係なく、より古いものを見るというスタンスでご案内。
 つまり門ばかりみて歩いた。

 つづいて西本願寺をご案内。
 西本願寺は反対で、新しいものを中心にご案内。
 北集会所跡や太鼓楼、龍谷大学など。
 もちろん本堂におまいりもしましたよ。
 唐門も拝し、飛雲閣も屋根だけのぞむ。

 午後4時30分、京都駅で解散。
 今度は町田市でお目にかかりましょうとお別れ。

 午後6時、上七軒へ。
 いつもの御茶屋Dへ。
 1時間、歴史のおはなし。

 今回は最近こっている遍照心院(大通寺)と阿仏尼のはなし。
 北野や西陣と関係がないからあまり受けないかなぁと不安でしたが、さすがみなさんいろいろご存知で。
 お話がいがあります。
 今日も聞き上手なみなさんに支えていただきました。

 本日、これまでみならいだった「ちずるちゃん」が舞妓さんとしてデビュー。
 「勝瑠(かつる)」ちゃんになられました。
 そのお祝いの席でございました。
 
 1日おわる。
 「いっしょうけんめい働いてんなぁ」と感じる日でした。

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2007.02.14

大津宮跡をあるく

2/13(火)はれ暑い日
 いつもの「基礎からまなぶ日本歴史」の現地見学会の日。
 大津宮跡をあるく。
 いつも受講者多く、圧倒される。

 ひさしぶりに現地にきた。10余年ぶり。
 内裏正殿跡付近に多数の史蹟公園が生まれている。
 ていねいなこと。
 大津市のきあいが感じられる。
 そういえば「古都」指定を受けたんでしたね。
 なるほど。

 その後、歩いて南滋賀町廃寺跡、百穴古墳、崇福寺跡、弘文天皇陵を訪ねる。
 高齢の方多いのにひとりの脱落者もなし。
 すごいなぁ。
 
 終了後はその一部の方と山科で懇親会。
 歓談する。
 今度はどこへ行きましょうか。

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2007.02.13

北野天神で長五郎餅をいただく

2/12(月・祝)はれ

 北野天満宮へ観梅にゆく。
 参拝のあと、長五郎餅をいただく。

 京都検定テキストにも掲載された名物。
 何度か「京都検定日めくりドリル」(京都新聞夕刊連載中)に選択肢で使用させていただいた。
 が、食べたことがなかった。
 ようやく念願かなった。

 最近、現地に行ったことがないのに話題にしたり、食べたこともないのに問題につかったりと、「知ったかぶり」が増えてきた。いかんなぁ。
 

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2007.02.12

福田千鶴氏『淀殿―われ太閤の妻となりて』

 おくればせながら、福田千鶴氏の近著『淀殿―われ太閤の妻となりて』(ミネルヴァ書房、2007年1月、2625円)を読む。

 淀殿の伝記といえば、故桑田忠親氏『淀君』(吉川弘文館)が著名である。
 豊臣秀吉関係文書の集成が三鬼清一郎氏によって進められ、桑田さんの時代とは格段に史料も多くなっているので、きっと興味ぶかい淀殿像が提起されているに違いないと思って手に取った。

 期待通りの興味深い内容でした。
 
 淀殿は秀吉の妻か妾か、なんて自明のことから入られる。

 僕は本当に不勉強でした。
 側室って「妾」だと思ってました。
 側室って「妻」なんですね。

 北政所ねいがナンバー1、京極龍子(松ノ丸殿)や淀殿がそのあとという序列に問題はないが、両者いずれも「妻」であるというのは目からうろこでした。

 そうそういわれてみれば、天皇家は中宮と皇后、2人以上の妻をもってますもの。
 女御だって妻でしょう。
 うかつでした。
 
 豊臣秀吉の唯一の妻である北政所ねいは、豊臣の嫡子秀頼の保護者としての地位を、生母とはいえ妾の淀殿から追われ、なんと不当なことかと思っていました。
 なるほど淀殿も秀吉の妻のひとりであれば、嫡子の生母としてそのそば(大坂城)にいても何ら不思議はありません。

 一夫一妻多妾という江戸時代の枠組みにだまされていたわけですね。

 近々に一般の方むけに北政所論をお話する機会があるのですが、参考にさせていただきます。ありがとうございました。

 みなさんにもぜひおススメします。

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2007.02.11

綿矢りささんサイン会にいく

2/10(土)はれ
 ブログランキング8位まであがっている。
 ありがとうございました。

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 大垣書店、烏丸三条店で、綿矢りささんの新著『夢を与える』(河出書房新社)のサイン会がおこなわれた。
 芥川賞受賞後、最初の作品です。
 先着150名限定の由。
 
 先日、同店の前を通りかかったとき、その告知に気づいてさっそく予約しました。

 ご本人の初サイン会の由。
 今回の各所で行われるが、当店がその最初。
 そんな機会にめぐまれ光栄なこと。

 予約の段階で整理券5番でした。
 
 当日行ってみるとすでに売り切れ状態。
 さすがですね。

 で、僕は15番目でした。
 目の前でたしかに書いてくださいました。
 期待していなかった「為書(ためがき)」ありで、おどろく。

 撮影や握手はなく、なるほどアイドルタレントではないのだと感心する。

 それを抱えて、新幹線に乗り、名古屋へ。
 柳橋朝日 カルチャーセンターで京都学講座。

 さっそく綿矢さんの話。
 京都市出身の作家なのだから、いいですよね。 

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2007.02.10

禁門の変を報じた農民、若山要助

 ブログランキング、えらい落ちてきたなぁ。
 いま12位です。
 こまったことだ。

 2/9(金)あめ

 京都検定日めくりドリル、来週分をつくり担当Y氏にメールで送信。
 この連載、来月でもう1年になります。
 エンディングがちかいのか、延長されるのか、近々話し合いがある由。

 京都新聞文化センターの「京都・明治維新史講座」に出講。
 本日、あたらしい方お1人参加。
 ありがとうございます。よろしくお願いします。

 また若山要助日記、元治元年(1864)7月19日条を感情をこめて読む。
 さいきんお気に入りです。

 同日、禁門の変勃発。
 京都近郊の農民、若山要助が戦争の情報を3日間書きまくる。
 この人は世が世ならライターになれたのに。
 そして賢い。
 現代の様子から先の危険を感じ取る力がある。
 読んでいて気持ちがいい(逃げ惑う庶民の姿を描いている部分なのに恐縮です)。

 そのうち「京都の江戸時代をあるく」(『週刊京都民報』連載中)でも書こう。

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2007.02.09

島原の乱と山科・醍醐

2/8(木)はれ
 名古屋へ。栄中日文化センターへ出講。
 「城と合戦」と「京都学ことはじめ」のふたつの講座を担当する。

 城と合戦は、原城と島原の乱のはなし。
 同乱はいろんな意味で興味深いが、あまりに残酷なイメージがありすぎて、ちょっときつかった。
 
 「京都学ことはじめ」は、京都からはなれて近郊の山科・醍醐のはなしをする。
 山科は思い入れがふかいので、楽しくお話できました。

 帰路、寝過ごしてしまう。
 新幹線で寝過ごしたのは生まれて初めて。

 きづいたら博多、なんてのは笑えない。
 でもほんまにそうなってたら、ついでに島原半島に寄っていこうかとなったかも。

 そんな時間ないくせに。

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2007.02.08

京都市教育会の誕生日

 本日2/8は、1902年(明治35)、京都市教育会の発起人会・創立総会が行われた日です。
 場所は京都市議事堂。出席者132人。

 京都市教育会はすでに廃止されています。
 現今の京都市教育委員会とはまったく別のものです。

 つまり存在しない団体ですが、無視できません。
 われわれ京都の歴史が大好きな人間にはいまだ縁がふかいからです。
 
 この京都市教育会は、1915~1939年にかけて、京都市域各所に史蹟碑を約80基建立しています。
 その大半が現存し、われわれに歴史を啓発しつづけているのです。

 たとえば、
【古代】大学寮跡、菅原道真邸跡、東三条殿跡、閑院内裏跡、法成寺跡、法勝寺九重塔跡など

【中世】平氏六波羅第跡・六波羅探題跡、法住寺殿跡、藤原定家京極邸跡、二条富小路殿跡、室町御所跡など

【近世】本能寺跡、聚楽第跡、京都所司代跡、徳川時代金座跡、伊藤仁斎古義堂跡、石田梅岩邸跡など

【近代(幕末)】坂本龍馬・中岡慎太郎遭難地、池田屋騒動跡、古高俊太郎邸跡、長州屋敷跡、薩摩屋敷跡、京都守護職屋敷跡など
 
 このように全時代、じつに網羅的です。
 この事業は京都の史蹟、歴史意識を考えるうえで大事なものですが、いまだまとまった研究がありません。
 かくいう僕もまだ活字にしておりません。
 研究会発表は何度かしたことがありますが。

 で、このたび『週刊京都民報』に連載中の「京都の江戸時代をあるく」に、次々回から2回にわたってまとめることにしました。
 よろしければ御覧ください。
 2月18日、2月25日発売分です。

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2007.02.07

事務処理、急ピッチ

 大学春休みに入って、出講しなくてよくなって、事務的な処理が格段に進んでいる。 
 もうすぐ終わるぞ。
 
 その分、収入は減るが時間の方が大事。

 「御土居堀をあるく」など最近見学会がないぞと、たびたび問い合わせがあるが、そんなわけで事務処理の完済を優先しております。

 もうすこしばかりお待ちください。

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2007.02.06

源実朝像と阿仏尼像を拝観

更新できないでいる。わかってます。
よっぽど忙しいんやなぁと思ってください。

2/3(土)
 ひさしぶり。名古屋へ。中日文化センターの講座。
 幕末京都の庶民日記ふたつを読む。

2/4(日)
 京都おこしやす大学初日。
 参加者約30名。
 京都駅の南方をあるく。
 遍照心院で源実朝木像と、阿仏尼肖像画(18世紀なかば)を特別拝観。
 実朝は1週間ぶり。
 こんなわずかな期間に2度もお目にかかれ、幸せです。

 朝も昼も食べずに行くと、受講の方が「食べてへんやろなぁ」と見込んでいろいろ持ってきてくださる。
 巻き寿司とかカツサンドとかよばれる。
 ありがたいこと。

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2007.02.02

京都、雪です

 京都、雪です。
 今冬、2回目です。

 みなさん、お風邪を召されませんように。
 

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