« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007.01.31

無料の京都案内をいたします

 きたる2/25(日)に、国土交通省京都国道事務所主催の、
第10回京の道探検隊・洛洛歩考会が行われます。

 タイトルは「京の大路小路の由来をたずねて―油小路~壬生編」。
 参加費無料です。

 明日の京都新聞にも掲載されます。
 講師が誰であるか記載はありませんが、本日私が担当することになりました。

 同日午前10時から40分ほどレクチャーをいたします。
 定員200名です。

 ご希望の方は、2/9までに、075-431-8309(洛洛歩考会事務局)にファックスで申し込むそうです。
 どうぞおこしください。

|

2007.01.30

大河「草燃える」以来の思いいれ

 なかなかねぇ。
 忙しすぎてブログの更新ができませんわ。

 原則毎日更新することで、いろんな場所での受講者との交流の場にしようと思ってましたが、困難になりつつあります。
 
 去る1/27(土)、実朝未亡人の本覚尼が創建した遍照心院(大通寺)で実朝忌があった。
 法要に参列し、そのあと講演をさせていただきました。
 実朝木像を拝んだあとで。

 この業界を志した少年のとき、NHK大河ドラマストーリーに載っていた木像をもつ由緒地で講演。
 1979年の「草燃える」です。
 こんなめぐまれたことが、うれしいことがあろうか。

 と、当日の感動を書き込みたかったのですが、しめきりに追われて、ついに書けなかった。
 仏さんには仕事ひきうけすぎっておこられるし。
 
 それでもなんで生きてんねんねやろ、なんでこんなことしてるんやろと、いつも自問自答できているから、まだまし。
 しあわせにちがいない。感謝でいっぱい。

|

2007.01.27

「龍馬とおりょう」づいている

1/26(金)はれ
 やけに生暖かい日。

 午後から「基礎からまなぶ日本歴史」。
 まだ延喜・天暦の治。
 延喜の荘園整理令、三善清行の意見封事を読む。

 三善清行は「一乗戻橋」のエピソードで知られる人ですが、学校の教科書にはまったくちがう顔で出てくることをご指摘。
 この勢いで、次回は「一乗戻橋」のエピソードの原典を読むのだろうか。人ごとのようだが。

 夕方は京都新聞文化センターで維新史講座。
 参加者7人。アットホームな人数だが、まだまだアットホームにはほど遠い。

 龍馬遭難事件についてお話する。
 それから、先日東京で墓参した、(比較的)新発見の龍馬の妻おりょうの実弟、楢崎太一郎の墓碑の写真をお見せした。

 最近「龍馬とおりょう」づいている。
 京都民報の連載も4回も連続で「龍馬とおりょう」の旧蹟発見の紹介をしている。

 しばらくすると龍馬研究会(高知市)の機関誌『龍馬研究』に龍馬の連載を開始するが、龍馬遭難か、おりょう伝の再検討をまとめてみたいと思っている。乞うご期待。

|

2007.01.26

『八木家と新選組』を恵贈頂く

1/25(木)はれ
 花園大学の松田隆行さんから『八木家と新選組』(八木喜久男氏著、2006年11月、角川学芸出版、1854円)をご恵贈いただいた。
 ありがとうございます。

 いうまでもなく、八木家は、幕末期に将軍護衛のために上洛した浪士たちの宿泊地で、のちそのメンバーが新選組がを組織した地である。

 松田さんは同家の史料調査をされたご縁で同書の執筆にかかわられた。
 同書170-173ページには、拙稿「新選組研究の回顧と展望」(『歴史読本』2004年3月号)が引用されている(同書には2004年12月号とあるが、これは誤り)。
 その関係でご恵贈くださったのでしよう。

 この拙稿は思い入れのふかい小文である。
 自身がかなりのエネルギーを投入してまとめたということもあるが、ネット上で多数の評価をいただいたことが大きい。「2ちゃんねる」にまで登場し、議論の対象にしていただいた。

 掲載が歴史一般誌なので、ほとんど図書館に収蔵されることも少なく、手に入りにくい文章のひとつになっているようだ。
 できれば僕も単行本の形で、これを今一度世に送ってやりたいものだ。

|

2007.01.25

東京・町田へ出張

1/23(火)はれ
 東京に出張。
 
 連載をしあげないと出かけられない。
 なんとかぎりぎりできる。ほっとする。

 町田市で講演の仕事があるのです。
 新選組史料の宝庫、小島資料館のある自治体です。

 でも新選組の話ではなく、京都の世界遺産の話をせよとのお仕事。
 東京で京都の話かぁ。
 不思議な気持ち。

|

2007.01.23

春休みがちかい

1/22(月)はれのちくもり、少し小雨も

 午後から天理大学へ。
 本年度最後の日。
 テストをいたす。

 試験監督をしながら思うこと。
 準備不足はなはだしい。

 持込みすべて可なのに、ほとんど講義ノートと配布資料しか持ち込んでいないよう。
 どうして拙著やサイトに掲示しているものを持ち込まないのか。

 正直講義に出なくても、それさえ持ち込めば絶対通るような問題なのに。
 見て回るとたった2人だけだった。サイトのコピーを持ち込んだもの。
 出席者は50人ですよ。

 テストのときだけ気合いを入れる者は愉快ではないが、テストにさえ貪欲さをださなくてどうするのですか。
 
 とはいうものの、やっぱり「優秀やなぁ」と思う答案をつくる者も複数ちゃんといる。
 今後も頑張ってください。

 帰途、春日社へむかう。
 一昨日のリベンジ。

 でもまた閉門されていた。
 きくと4時半閉門の由。

 天理大学を3時に出たのにまにあわなかった。
 春日社まで1時30分かかっている。
 おなじ奈良県のことと思えない。
 十津川から来たんじゃないんですよ。

 天理大学から天理駅まで徒歩30分〈バスはない〉。
 電車まちが2度。移動もふくめてこれで30分無駄にしている。
 近鉄奈良駅から春日社までまた徒歩30分〈バスはあるが乗らなかった〉。
 
 でもまたシカをからかえたし、「愛猫」にも会ったし、古書肆もひやかしたし、まぁ楽しくありました。
 帰宅し、たまっている仕事のいくつかを片付ける。

 もうすぐ大学春休み。
 出講時間がなくなるので、ようやくたまっていた仕事がかたづきだすことでしょう。
 ありがたいことだ。

|

2007.01.22

南都でシカをからかい東大寺など参拝

1/20(土)はれ
 午後から南都へ行く。
 たまたま近鉄奈良駅ちかくで、「平城京左京三条六坊十坪(奈良町遺跡)」の発掘調査成果の現地説明会があり、うかがう。

 平城廃都ののち、平安後期まで都市として断絶があるというのが興味深くありました。
 奈良町成立に関する貴重な事例かと存じました。
 
 シカをからかいながら東大寺、手向山神社を参拝。
 春日社は時間オーバーの由、本殿にちかづけず。

 夜は焼肉をいただく。
 大仕事ひとつ片付いたので、少しきばらしさせてもらう。

|

2007.01.20

御土居堀ものがたりの索引公開

 一昨年秋に刊行しました拙著『御土居堀ものがたり』ですが、約1年で完売いたしました。

 3000部刷ったのですが、内容のかたさからして優良な売れ行きの由です。

 みなさまのおかげです。ありがとうございます。

 で、このまま絶版にするにはあまりにも早すぎるので、増刷することになりました。

 これを記念して、本書に収載できなかった索引を公開することにしました。
 サイトのトップページを開けていただきますと、見ていただけます。
 かなり細かい索引にしたのでお役にたてばと存じます。

 なお拙著初版は各所に誤植があったようです。
 2刷で修正したいと存じますので、誤りにお気づきの方はぜひメールにてご指摘ください。

 どうぞよろしくお願いいたします。

|

2007.01.18

祝200回、京都検定日めくりドリル

1/17(水)あめのちくもり
 佛教大学本年度最後の講義。

 鷹峯光悦町を巡検する。
 光悦屋敷跡碑が駐車場に建っている。
 表通りから文字がみえない。裏返っている。

 駐車場を利用する人だけにわかってほしいのだ、なんてばかな話はなしにして、どうにかしないといけない。
 建碑されている意味がないではないか。

 京都新聞夕刊「京都検定日めくりドリル」、本日で連載200回にたっする。
 ありがとうございます。
 みなさんのご愛顧のおかげです。

|

2007.01.17

伏見で「俳優」になる

 多忙をきわめて更新できなかった。

1/16(火)
 早朝から伏見へ行く。

 ある企画で伏見に関するビデオが製作される。
 その監修と出演を依頼された。

 衣装まで用意されていた。
 いつもは絶対着ないみなりで1日伏見の各所をいったりきたり。
 知人に会わないことだけを祈りつつ。
 
 住民、多くがたちどまり見つめる。
 僕はどっかの俳優だと思われたことだろう。

 午後3時、終了。

 帰途、思いついて河原町バルの書店へ。
 ずっと入手したかったある絵画資料の刊本を購入。

 名前は出しません。
 「えっ、おまえ、持ってなかったの」といわれるぐらいメジャーなものです。
 中世京都を知るうえで不可欠のもの。
 わかる人にはわかりますやろ。

 ずっと所有しないのを困っていました。
 古書には出ないし。

 きっかけは、いまかかりっきりの仕事でやっぱり必要になった。
 うわ、ないわ。
 また困った。
 もういや。
 そう思ったから。

 やっと手に入った。
 うれしくてならない。
 もう困らない。

 それからある雑誌がステレオ(実体視)撮影がたやすくできるというカメラを付録にしていたのに気づく。
 ほんまかいな。
 ほんまならうれしいと購入。

 購入のほんまの理由は、宮崎あおいがそのカメラで撮影実験をしているのが載っていたからかもしれん。
 うん。
 いま多忙でなにもできないが、この仕事が終わったらためしてみよう。

 空中写真を実体視するのは大好きなので、自分でも撮影したいと思っていた。
 ほんまにできるならやっぱりうれしい。

|

2007.01.14

海でのはなし、をみた

1/13(土)はれ
 締め切りすぎた原稿をかかえて四苦八苦。
 でも出講はせねばならぬ。

 午後3時半から名古屋、柳橋朝日カルチャーへ。
 今日は「東京奠都と近代京都」。
 大久保利通の大阪遷都論、前島密の東京遷都論の原典を朗読。
 
 最後は集書院のはなし。おもいがふかい。
 ちなみにいまブログの写真になっている背景は、集書院と縁の深い集書会社創設者のひとり大黒屋今井太郎右衛門(似幽)の墓(2006/11/17の写真)。

 終了後、7時まで担当H氏と次回イベントの打ち合わせ。 
 めずらしく携帯電話を忘れたので、名古屋の友人からのメールにきづかず。会えず。

 20分ほど駅前のなじみの「やるきのない店」でくつろぎ、還京。
 
 本日、九条の映画館みなみ会館の「海でのはなし」が最終日。

 主演の宮崎あおいが好きです。

 だからかけつけました。ひとりで。
 8時40分から。

 短い映画でした。
 1時間余。
 よかったです。

 ひとつ疑問がありました。
 共演の西島秀俊の「ハカセ」。

 物理の研究者で、大学非常勤講師で、35歳で。
 車も所有してる。
 いつも机にむかっているし、夜は楓(宮崎あおい)の突然の呼び出しに答えて朝まで話して起きている。
 翌日の講義はさぼるといっている。

 高額の資金調達が出来ているとはとても思えない。

 で、母親に「けっこう(仕送り)渡してる」という。

 それは無理じゃないの。
 大学非常勤講師なんて、単価びっくりするほど安くて、びっくりするほどコマ数くれないんだよ。
 博士の学位をもっていないといってたから、特別な人でもなさそうだし。

 いい映画だったけど、それだけ気になった。

 あ、もうひとつ。
 非常勤講師なのに、歓迎会が話題になったり、自分の研究室をもっていた。
 理系って「ヒジョウキン」をそんなに優遇するものなの?

|

2007.01.13

龍馬とおりょうの「結婚式場」

1/12(金)はれ
 昨夜、京都民報に「京都の江戸時代をあるく」の今回の原稿を送った(30話)。

 坂本龍馬の妻おりょうの回想録により、龍馬とおりょうの「結婚式場」跡を特定するという内容。
 そろそろタイトルに問題ありで、たしかに「京都の江戸時代」ではあるのだが、2ヵ月近くも龍馬ばかりで、担当氏から怒られそうと不安に思っていた。

 が、なんと担当氏は自ら法務局にいき、その地の旧土地台帳を調べ出された。
 朝1番にそのメールがきて驚いた。
 外出直前だったのに、そのメールを受けて担当氏に電話。
 便宜をはかる。
 学者肌だなぁ。担当さん。
  
 この話は『京都民報』本年1月28日号に載ります。

 午後から「基礎から学ぶ!日本歴史」に出講。
 また受講者ふえる。
 これまでで最高の数。
 うれしい悲鳴。

 弘仁・貞観文化、延喜・天暦の治をお話しする。
 醍醐天皇と醍醐地域の関わりを「今昔物語集」などにもとづきご紹介。

 夕方からは京都新聞文化センターに出講。
 今回から第二期講座。

 こちらは受講者半減し、7人。
 閉鎖寸前やなぁ。

 でもその7人、全員前回受講者。
 これはうれしい。
 半減ていどは普通。
 前回講座内容を受け入れていただいたと認めてよいと思う。

 それより新規の方が全くなかった方が問題。
 年末年始と新聞紙面に多く広告うたれてたのに。
 これは受講料とか、広告の仕方とか、講座時間とか内容以外の別のわけがあると思われる。
 
 終了後、予期せぬ「来訪者」がお2人あり。おたがい頭をさげまくり。
 申し訳ありません。
 至急なんとかします。

 でも明日も名古屋なんだよなぁ。

|

2007.01.12

くずし字に出講し、尊勝院をあるく

1/11(木)はれ
 くずし字入門に出講。

 今年はじめての回。
 あたらしい方3人こられる。
 これまでで1番多い受講者。
 ありがたいこと。

 七清華家のうち、大炊御門家、今出川(菊亭)家、三条(転法輪)家の部分を読む。
 
 帰宅して、原稿に立ち向かう。
 しないといけない仕事があるのに、連載原稿は待ってくれない。

 はっと思いついて、粟田口の尊勝院へ向かう。
 ここの庚申堂は、もと青蓮院塔頭金蔵寺にあったもの。
 そのことを書くため、やってきた。 

 現地にたつとエネルギーをもらえる。
 すごいなぁ。

 帰宅したら、大事なお客さんが留守中にお越しになったと知る。
 しまった。申し訳ないことをした。

|

2007.01.10

長年の疑問がとけた日

1/9(火)はれ
 大きな原稿のしめきりがせまっている。
 おそろしいことだ。

 来年度用の片付けないといけない書類も山ほどあるし。
 ミスもあったりして、やり直しみたいなものもある。

 いやだ。いやだ。

 読みたい本、調べたいこと、こちらもたくさんあるのに出来ない。
 どうしたものか。

 そんななか、ある仕事をしながらとても大きな発見をした。
 「そうか、そうだったのか!」
 
 人からも良く質問されることでした。
 明確な答えはもっていなかった。

 答えが出てみると、なんでこんなことに気づかなかったのだろう、と思ってしまう。
 やはり歴史学の立場からの歴史地理は必要だ。

 この内容は、『週刊京都民報』での連載「京都の江戸時代をあるく」に少しふれたいと思っています。
 お楽しみに。

 今日はいい日だった。

|

2007.01.08

「長岡宮大極殿跡紀念碑の建立と地域社会」を拝受

1/6(土)はれ
 向日市文化資料館の玉城玲子さんから玉稿とどく。

 「長岡宮大極殿跡紀念碑の建立と地域社会」(同志社大学人文科学研究所『社会科学』77号、2006年9月)です。

 1895年(明治28)建立の、長岡宮大極殿跡紀念碑建立の事情とその意義を論じられたもの。
 以前、京都大学人文科学研究所「近代京都研究班」での報告をうかがったことがあります。

 建碑によって地域は歴史を意識する。
 歴史を意識し、はじめて史蹟なるものは生まれる。
 その意味で建碑の意義はきわめて大きい。
 ではいつ何者によっていかなる目的で建碑はなされるのか。

 こんな問題意識で僕は建碑事業に注目する。

 いただいた玉稿はそれを考えるうえで貴重な成果です。
 勉強させていただきます。

|

2007.01.06

新年初仕事、つかれた

1/5(金)はれ
 本年最初の「基礎からまなぶ!日本歴史」に出講。
 最初なので、特別編として、干支(えと)の話をする。
 
 今年の干支は「丁亥(ひのと・い)」です。
 干支はなにか、と聞かれたら「いのしし」とだけいってはダメです。

 久しぶりの講義、
 疲れ果てる。
 話すって大変なことなのだ、改めてきづく。

 1度帰宅。
 仕事に立ち向かう。

 夜はパソコンの師匠と新年会。
 話、盛り上がる。

 自転車の代行運転はないようなので、歩いて帰る。

 本日の京都新聞夕刊トップ。
 「銀閣」に銀箔が貼られていなかったと科学のメスが解明したと。

 すでに周知のことであったので、別に驚かない。
 そらそうやろ、ぐらい。

 これが逆に「やはり銀箔が貼られていた」と報じられたら、そっちの方が驚くわ。
 ええーっ、それは思いもよらんかった、という感じ。

 なお本日の「京都検定/日めくりドリル」は解答がまちがっていました。
 答えは②ではなく、①宗尊親王です。
 訂正しおわびいたします。

|

2007.01.04

大掃除おわる

1/3(水)はれ
 本日も大掃除。
 ようやく事務所、来訪者を受け入れられるほどきれいになる。
 いつまで持つやら。

 さぁ、仕事だ。

|

2007.01.03

3が日なのに大掃除中

1/2(火)あめ
 家にこもって、掃除。
 何といわれても掃除。

 こんな機会でないとできない。
 2月まで待っていられない。 

|

2007.01.02

元旦の思い

1/1(月)はれ
 よい天気。
 
 元旦。
 今年は課題が多すぎるなぁ。
 実現できんのかいな。
 不安な幕開け。
 しかし夢いっぱいで、いいかも。

|

2007.01.01

黒谷で除夜の鐘をつく

12/31(土)はれ
Kurodani

 たぶん、生まれてはじめて年越しそばを外で食べる。
 先日京都新聞出版センターから寄贈いただいた、『京都蕎麦スタイル57』(2006年11月刊)で店を物色。

 でも結局行ったのは、これまでもよく使っていた「有喜屋」先斗町本店。

 さすが年末。
 いつもの開店時間をオーバーして営業。
 ひっきりになしにお客が来る。
 
 これまた生まれて初めて除夜の鐘をつく。
 順番待ちのさなか、2007年になった。

 左京区黒谷の金戒光明寺。
 暗闇に御影堂のあかりがうきあがる。
 本尊が神々しい。
 すばらしい。

 月が明るい。
 星がきれい。

 今年もよい年になりますように。

|

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »