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2006.12.28

伏見城惣構の土塁跡の顕彰を夢見る

12/27(水)はれ
 お昼から「くずし字入門」に出講。こちらも本年最後。
 
 キャンパスプラザの受付で、職員の方から何度も電話で問い合わせがありましたと聞かされる。
 どうやら僕は未確認だが、テレビで報じられた模様。

 その影響があるのか、初めての方が5名あり。
 部屋からあふれるほどの人は来られず、よかったこと。

 テキスト「都の記」下巻。
 五摂家のうち、九条家・二条家の部分を読む。
 近衛家が五摂家筆頭であるが、江戸中期、家領は九条家が1番多く、2000石を超えていることなどをお話する。

 午後2時半、伏見へ。
 某社の仕事に関わっている。
 社員の方々を伏見城惣構(そうがまえ)跡や近世尾張屋敷跡、薩摩屋敷跡などをご案内。

 伏見は惣構の堀が「濠川」として生きている。
 それが城下町の外郭だったとあるていど認識はされている。
 が、その内側に土塁が回っていたことはまったくといってよいほど知られていない。

 復元は不可能でも、土塁を模した緑地をどこかにつくれないか、無理でも跡地を示す碑を建てられないか、つよく訴える。
 夢が届くことを願ってやまない。

 鷹峯、山科、伏見は僕にとって大事なところ。
 何か少しでも思いを現実化したい。

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