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2006.11.29

2万5000分の1、新版京都集成図を購入

11/28(火)はれ
 「基礎からまなぶ!日本歴史」に出講。
 都城跡の文化財保護史と、桓武朝の政治。
 難波宮跡の山根徳太郎氏と、長岡京跡の中山修一氏の両雄の比較に力が入る。
 
 終了後、東本願寺前の小林地図店に行き、ようやく新版なった2万5000分の1、京都集成図を購入。
 これでやっと1987年版を手放せます(1994版はすでに紛失)。

 なじみの古書店をひやかし、帰宅。
 うとうとしながら、「京都検定/日めくりドリル」の問題をつくる。

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2006.11.28

土佐に立って思ったこと

 やっと天気になりましたな。
 
 昨日もいっぱい歩きました。
 万歩計21526歩でした。

 シンポジウムを開くまで問題となったマンション建設予定地をみる。
 高知城天守はスマートで美しい。
 好きなほうだ。
 その遠望をふせいでしまう。
 また同じことは必ずおきる。
 それを防ぐための抜本的施策が必要。
 
 あいた時間で龍馬とその仲間たちの旧蹟を見てあるく。
 やはり歩かないといかん。
 つくづく思った。

 この数年、さんざん土佐の維新史でくわせてもらった。
 そこで話題にしてきたこと、なんとうすいことか。
 現地にたち、はじめて気づくこと甚大。

 具体的なことはいまいえない。
 
 今後に活かそう。
 幕末の土佐をかたる以上、もっと高知にこよう。

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2006.11.27

龍馬記念館、青山文庫などを訪問

11/26(日)あめ
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 高知2日目。
 
 午前中はホテルで原稿を打つ。
 新聞連載をもっていると、旅行中でも日常をしないといけない。
 つらいとかいうてられない。

 午後から外出。
 桂浜をめざす。
 県立坂本龍馬記念館へ行くため。

 実は初めて。
 過去にお世話になったことがあるので、お礼を申し上げるため。
 尋ねたいこともあったし。

 暗殺1ヵ月前の、望月清平宛龍馬書簡をはじめて現物をみる。
 木屋町の土佐屋敷に入れないことをなげくもの。
 「いやみ」の部分がうすくなり極端に読みにくくなっている。
 これに対して、末尾の筆をたたいた跡は3ヵ所とも黒々としていて、いま付けたよう。 
 
 夕方、佐川町の青山文庫へ。
 これまたはじめて。
 予想はしていたが、もう絶句するような維新史の史料群。

 館長松岡司氏ともお目にかかれ満足。

 周辺、紅葉すすみ、実にきれい。
 
 帰途、なんの気もなく高知新聞を買う。
 ぱらぱらめくっていて、あるところに来てぎょっとする。

 昨日のシンポジウム、載ってるやん。
 わ、僕の名前も載っている。
 あわてて売店で他紙も読むと、毎日新聞には写真が載り、僕も写ってる。

 なんだかなぁ。
 たしかに昨日新聞記者きてたけど、全然気にしてなかった。
 新聞に載ることになれすぎ。
 
 あぶないところだった。

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2006.11.26

高知市でシンポジウムに参加

11/25(土)くもり
 伊丹から飛行機で高知市に来ました。
 高知市立自由民権記念館でシンポジウムがあります。
 
 いま高知城跡の西堀跡にマンションが建とうとしています(史蹟未指定地)。
 それを防ぎたいという市民運動があります。

 そのパネラーとして出席するためです。
 
 今回、市村高男先生(高知大)からお招きいただきました。
 ごぶさたしています。

 紀念講演の演者、高橋昌明先生(神戸大)。
 さすが、すごい。
 勉強になりました。

 こちらは雑なはなし。
 会場、笑いはいっぱいありましたが、中身があったかどうか。

 計75名の参加と聞きました。
 100人にたっせず。
 
 当日、同地で一豊サミットなるものがあったとか。 
 やむをえない、善戦だと関係者、いっておられました。

 龍馬研究会の事務局の方がわざわざこられ、ご挨拶をいただきました。

 原稿の依頼がありました。ありがたいことです。
 前向きに検討させていただきます。
 
 夜は市村先生とお仲間に接待いただきました。
 ほんとうにお世話になりました。
 ありがとうございました。

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2006.11.25

1日に用事はふたつまでにしたい

11/24(金)はれ
 朝はやく起きて、「遠足」に行く。

 山科本願寺・寺内町を考える市民の会、リーフレット完成。
 もよりの駅で担当K先生から250部あずかる。

 京都民報、今回の原稿やっとあがる。
 遅筆のきわみ。

 昼から、基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 長岡・平安遷都。
 「日本紀略」の平安遷都記事を朗読。
 原典にあたる意味深さをまた述べる。

 夕方、京都新聞文化センターで維新史講座。
 古高俊太郎論を講ずる。
 ここでしかいえない話、いっぱいする。

 夜、右京区で三宅日記輪読会。
 参加者、Mさん、Sさん、Kさん。

 つかれはてて帰宅。
 家では事務処理のつづき。

 万歩計は1万6539をさす。
 いそがしすぎる。

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2006.11.24

内裏外郭の門はいつから9つか

 あかんわぁ。
 忙しすぎる。
 はっと気づくと1日が終わってる。
 ブログ更新しているヒマさえがない。
 また1日あいてしまった。
 写真は、11/21(火)に飛鳥でたべた飛鳥鍋。
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 11/22(水)
 午前中、くずし字入門。
 新聞掲載を怠ったのに、ほとんど参加者かわらず。
 みなさんご熱心で。

 本日もネクタイのご紳士おこしになる。
 会社をぬけだしてこられていると勝手に思っている。

 今日は禁裏の門についての部分。
 今回はすごくおもしろかった。
 新事実の指摘をしました。
 おもしろすぎて、タイムオーバー。
 また次回もつづきをします。
 
 そのあと佛教大学へ。
 また巡検。
 等高線110メートルラインをあるくという突拍子もないことをする。
 なぜ110メートルラインか。

 先日みなで船岡山に登りました。
 ここに三角点があります。
 111メートルを示しています。

 そう、大学周辺の、船岡山と同じ高さの部分をあるいたのです。
 えぇ、ここが船岡山と同じ高さぁ、といわれるのを期待しました。
 が、暗くなりすぎて、みえず。
 冬期の5時間目は早く日が落ちてダメですね。
 失敗、失敗。

 終了後、「花屋さん」をする。
 むかし、花屋さんになりたいという少女がいた。
 僕はその店員になるよう命じられていた。

 そのことを思い出した。
 古いおはなし。

 万歩計、はじめて1日で3万歩をこえた。
 そんなに歩いたかなぁという感じ。

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2006.11.22

夕張市は明日のわれわれの姿

 北海道夕張市、すごいなぁ。
 
 1万3000の人口、ほとんど脱出するだろうな。
 当然、あらたな人は入ってこない。

 ざまざまなハコものをつくることを決済してきた人たち、このひとたちが自身の財産をつかって弁償しないといけないのではないか。

 もちろんこれはひとり夕張にとどまらず、日本国全体のことだなぁ。
 日本国の借金、いまどれだけあるか。

 限られた政党や会派にかたよって政権をゆだねてたらあかんよ。
 明日のわれわれの姿だなぁ、夕張。

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2006.11.21

昔の知人夫婦に声をかけられる

11/20(月)くもり
 なんだかんだと、しなければならないことが多すぎる。
 そのうち、ふたつをこなし、天理大学へ。
 1週間ってはやいなぁ。

 午後5時、京都に戻ってくる。
 
 地下鉄に乗って少し寄り道をする。
 下車し、ある店に立ち寄る。
 そこでパソコンを打っていると、以前書斎にしていた木屋町の「G」の年配の常連客夫妻がおられ、声をかけてこられる。
 こういうのってうれしいな。しらんふりじゃなく。

 また今度もお声をかけてください。

 今日はせっかくカサを持って出たのに使わなかった。
 損した気分。

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2006.11.20

山内一豊の妻終焉地を論じ、聖護院を拝観する

11/19(日)あめ
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 早起きして朝刊みてびっくり。
 昨日出講した、みやこエコロジーセンターの「エコ探検ウォーク」がカラー写真つきで載っている。

 新聞記者がいたのか。
 全然しらなかった。

 午後から京福電車「帷子の辻」駅ちかくの三壺庵に出講。
 京都歴史講座。
 本日は山内一豊の妻の終焉地を検討し、その場所の意味を考えるというもの。

 そろそろ今年の大河ドラマも終わります。
 はたして妻見性院(千代ではない)の他界までドラマは描くのか。

 先週みれなかったのは失敗でした。
 絶対みなければいけませんでした。

 友人で録画しておられる方、ご連絡ください。
 拝見にあがります。

 終了後、左京区の聖護院へむかう。
 今回の特別拝観に含まれています。

 今日が最終日。
 何としても行きたかった。
 ふだん予約しないとおまいりできない。
 国史蹟指定地ですからね。
 ずっと以前から入りたかった。

 受講者のEさん、Kさんも同行。
 タクシーで連れて行ってくださる。

 いろいろ興味深かった。
 宸殿やっと入れた。
 でも何よりも、同寺蔵の円珍像の体内に納められていた文書を拝見できてたいそう感激。
 来てよかった。

 そのあとはEさんに案内されて、隣地の積善院に。
 もと聖護院の院家でした。

 ここではじめて「人食い地蔵」に参拝。
 「崇徳院地蔵」がなまったもの。
 10年前からおまいりしたかった。

 最近気になっている「茶所」の石もみつけたし、「伝兵衛・お俊」の墓もおまいりしたし、満悦。
 至近にはある有名な方の邸宅もあり、そちらも外観を観覧(写真)。

 最後は河道屋養老にお誘いくださり、少し早い忘年会を開いてくださる。
 勉強にもなり、楽しい時間でした。

 お開きのあと、携帯電話に予想外のメールが届いてることにきづく。
 お2人とお別れし、あわてて次の目的地へ急ぐ。

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2006.11.18

冷泉家をたずね、黒谷の紅葉をみる

11/17(金)はれ
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 久しぶりに朝マックをする。8時半ごろ店に入って、きづくと何と11時30分。
 3時間もゆっくりしてしまった。不思議。

 そのあと烏丸今出川の冷泉家へ。
 いま特別拝観中です。
 うかがったことがないので、この機会にと思いました。

 以前はあまり関心がなかったのですが、京都検定がらみのしごとをしたり、江戸時代京都論を考えるようになって、とても変わりました。
 興味津々で拝観。

 つづいて銀行をさがす。

 ずっと「山科本願寺・寺内町を考える市民の会」で一般向けのリーフレットをつくっていました。
 このたびついに完成。
 担当の川端泰幸氏(大谷大・任期制助手)に敬意を表します。
 
 きたる11/23の「山科区民まつり」(於山科中央公園)で配布することになりました。
 すでに業者に印刷依頼済み。
 で、急に本日中に入金ということになりました。

 多額ののお金を振り込むと手が震えますね。
 貧乏性なので、サギだったらどうしようとか想ってしまいます。 
 
 そば屋で昼食をしたあと、黒谷へ。
 金戒光明寺の山門もいま特別拝観中です。

 会津松平家や新選組でさんざん食っているのに、この山門にあがったことがありませんでした。
 やっと叶いました。
 遠く天王山、男山までみえて感動。
 もみじ、ようやく色を変え出しています。

 御影堂に参拝。五色の糸にも感動する。
 紫雲石もはじめて拝観。
 
 最後に墓地へ。
 多数の有名人の墓碑があります。

 先日、ここに幕末の商人、大黒屋今井太郎右衛門が埋葬されていることを知りました。
 今井は古高俊太郎と同じく、確実な長州毛利家の密談の地です。
 古高宛の書簡に大黒屋が密議の地に使用されていたことが記載されていて、たいへん関心をもっていました。
 
 ようやく墓参ができました。
 遅くなりました。
 お世話になっております。

 黒谷から烏丸丸太町まであるく。
 京都新聞社の本日の夕刊の掲示をみる。

 今日のドリルの答えは「金戒光明寺」。
 出題日に舞台地をあるいていたわけだ。
 この偶然、ひとりで笑う。

 よくあるいたなぁ。
 なるほど万歩計は16947歩だ。

 夜はお好み焼き。
 気分がいいので家で自らつくる。

 まあまあのできでした。

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2006.11.15

上七軒Yさんの襟替えに立ち会う

11/14(火)はれ
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 朝、ある施設に行き、ある初経験をする。
 きついなぁ。

 お昼12時30分からは「基礎からまなぶ日本歴史」に出講。
 今日は天平文化。
 古事記序文や、風土記編さんを命じる記事、鑑真来日を伝える「唐大和上東征伝」などを読む。
 原典にあたることのおもしろさ、意味深さをお伝えする。

 一旦帰宅し、事務処理をこなす。
 夕方、D大学へ大事な書類を持参。

 午後6時からは上七軒「D」へ。
 いつもの「歴史こばなし」をしに。
 今日は「龍馬暗殺」。
 明日がその日なので。

 「そのころ」の龍馬がいかに追い詰められていたか、生きるために必死だったかを語る。
 僕は英雄ではない、「悲哀の人」だと思っておりますと述べる。
 刺客については幕府見廻組しか考えられないこと、薩摩や土佐の黒幕説のナンセンスぶりを主張。

 そのあと宴会に。
 
 今日は「D」所属の舞妓Yさんが芸妓デビューするお祝いの日。
 業界では「襟替(えりか)え」といいます。
 おめでとうございます。
 そんな大事な場に立ち合わせていただき誠に光栄です。

 最近は1日おきしかビールを飲んでいない。
 休肝日を設けたのである。
 健康のために大事なことだそうで。

 で、昨日は飲まなかった。
 だからこのお祝いの席では喜んで頂戴できました。
 帰りは同じ町内に住むYさんに便乗しタクシーで帰宅。
 今日も楽しく、忙しい日でございました。

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2006.11.14

天理と京都を往復し、夜は会議

11/13(月)はれ
 天理大学に出講。
 「秀吉の京都」を論ずる。

 11月とはいえまだまだ日中は暑い。
 上着は持って出ますが、その下は半そでがちょうどいい。

 大学生は奇異な目でみるが。
 「センセ、さむないの?」という目。
 しょうがありません。暑いのですから。

 帰途、たまたま出会った友人に「おかしいわ」と連発され、おかしくなる。
 
 今日は天理と京都を往復したのでかるく1万歩をこえるはずだったが、ならなかった。
 「8240歩」。

 実は万歩計をつける場所がわるくて、途中までほとんど反応してくれなかったため。
 それについても友人ひとこと、「あほや」。
 
 たしかにまぬけでした。

 夜はO谷大学へ。
 山科本願寺・寺内町を考える市民の会の事務局会議。
 出席者は会長、事務局長、K先生、僕など6名。

 今晩中にまとめないといけない仕事があるので、遊ばずに急いで帰る。
 忙しいことだ。

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2006.11.13

御土居堀、浅井忠、松花堂の1日

11/12(日)はれ、寒い日。
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 午前中、御土居堀を考える講座。
 JR二条駅に集合。

 今回からあたらしい企画。
 京都町奉行の御土居堀の視察(巡見)コースをあるくというものです。

 享和元年(1801)3月20日が、史料にのこるその第1回です。
 とても1度にすべて回れないので、何回かにわけます。

 今回は東町奉行所跡から二条通、寺町通をへて今出川通まで。
 途中、京都市歴史資料館にたちより展示を拝観。
 寺町の盧山寺に残る部分(国史跡)も見学。

 終了後、受講の方のお昼ご飯のお誘いをお断りし、午後から、単身、京都市美術館へ。
 「浅井忠展」を拝観。

 建碑の三宅清治郎の実弟安次郎は、浅井忠と交際がありました。
 浅井忠と深い付き合いのあった中沢岩太、武田五一と、三宅清治郎自身も交流がありました。

 すなわち三宅碑研究のための学習で、うかがったわけです。
 洋画がわかる素養はないけれど、楽しく、興味深く拝観できました。

 同館で友人と待ち合わせ、八幡市へ。
 松花堂美術館で特別展が開催されてますので。

 松花堂昭乗は八幡の郷土史家、西村芳次郎が生涯をかけて顕彰した対象です。
 西村は前記三宅清治郎を助けて、城南に建碑をした人物です。
 その関連で松花堂昭乗に関心があります。

 たまたま書を愛する友人が、そちらの関心で「行きたい」と行ったので、こちらも関心と重なりましたので、「じゃあ行こうや」ということになりました。

 帰りには西村旧邸でもある、松花堂庭園も拝観(写真)。
 もっと西村芳次郎を顕彰してほしいなぁ。

 でも研究もなく、無理か。
 いま誰も西村を研究する人はいない。
 結局西村顕彰のおくれは、論文発表が遅れている僕の責任か。
 
 楽しい、楽しい日でした。

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2006.11.12

名古屋の朝日カルチャー総懇親会あり

11/11(土)はれ
Mei

 朝からある施設に行く。
 予想外に時間がかかり閉口。
 
 友人とランチに行く予定がキャンセルに。
 困るなぁ。

 京都駅に午後2時に到着。
 新幹線に乗り、名古屋へ。
 
 柳橋朝日カルチャー出講。
 「京都学入門」。京都の明治維新史・その2。

 夜、京都学入門と街道ぶらり旅受講者と懇親会。
 念願でした。

 参加者約25人。
 たくさんのご参加ありがとうございます。

 帰途、名古屋駅でクリスマス的な飾りをみる(写真)。

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2006.11.11

京都御苑周辺の史蹟・エコ探検ウォークご案内

 ちかく、次のようなイベントを行います。
 担当Hさんから広報を依頼されましたので、ここでご案内いたします。
 よろしければお越しください。

題 名:第3回 「京都御苑周辺の史蹟・エコ探検ウォーク」

■内 容 歴史的中心であった京都御所。
      それを取り巻く人物や史実について知り,そして,現在多くの自然を残す京都御苑の生態や環境保全活動の取組みについて学びます。
その後,明治維新の史蹟を求め京都御苑近辺にある水戸徳川屋敷跡・薩摩島津屋敷跡,蛤御門,大久保利通邸跡などを廻ります。

■日 時  11月18日(土)午後1:30~4:30 雨天決行
■集合場所 京都商工会議所
■解散場所 河原町今出川      
■講 師  中村武生 (佛教大学文学部非常勤講師)
      
■参加費  500円 資料代・保険代込み
■定 員 25名(先着順)

【持ち物】歩きやすい服装で。水筒,雨具,各自でご持参下さい。
■お問合せ・申込 11月15日(水)までに氏名と連絡先(電話番号・FAXのいずれか)を,電話・FAXにて京エコロジーセンターまでお申し込みください。

■主 催  京(みやこ)エコロジーセンター
〒612-0031京都市伏見区深草池ノ内町13
TEL 075-641-0911 FAX 075-641-0912
(木曜休館)
URL http://www.miyako-eco.jp/

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2006.11.10

山科の本願寺旧蹟、執筆前に歩く

11/9(木)はれ
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 午前中、ある施設にいく。
 とても意外な結果を知る。
 おやおや。

 気分がよくなったので、山科へ行く。
 今回の「京都の江戸時代をあるく」は、「本願寺旧蹟への道標―山科」なので、写真撮影をかねて歩いてみたくなったのです(写真は蓮如火葬塚)。

 とてもよく知った地なのに、来てよかった。
 新鮮な「現地」を体感せずに原稿書くと、うそついたみたいな気になる。
 
 とても大事なネタだから。今日はきてよかった。
 
 帰途、たまたま友人の職場の最寄の駅にきたので、メール連絡して、急遽会った。
 そのおり、京都検定公式テキストに写真が掲載された旧蹟の前を通る。びっくり。知らなかった。ここだったのですね。
 つぎの「地名」項で使おう。

 今日はいっぱい得したなぁ。

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2006.11.09

五条以南の寺町を濃厚にあるく

11/8(水)はれ
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 午前中、「寺町を歩く」に出講。
 今回は五条通から南へ。
 京都市教育会建立の「河原院址」碑から、本覚寺、上徳寺、新善光寺、蓮光寺などにお参り。
 急なことなのに、各所で親切にしてくださり感謝。

 本覚寺は源実朝の御台所、本覚尼ゆかりの寺。

 本覚寺ゆかりの寺は、遍照心院(大通寺)が有名ですが、こちらもそう。

 本尊は本覚尼の持仏とされます(雍州府志)。
 なんと拝観させていただきました。感激。

 最後の蓮光寺は、檀家総代のMさんが受講者だったので、いろいろいい目をさせていただく。
 本尊「負別(おいわけ)阿弥陀如来」も拝観。胸を打たれる。

 蓮光寺は関ヶ原で改易にあう、長宗我部盛親の墓所です。
 その刑場、六条河原にあったという「駒留地蔵」の立派なこと(写真)。

 当寺は坂本龍馬を保護した、酢屋中川嘉兵衛家の菩提寺でもあります。
 こちらも墓参をいたしました。
 
 濃厚な会でした。濃厚すぎて、予定の場所に着くまでにタイムオーバー。
 今回は寺町の南限までゆくつもりだったのに、残してしまいました。
 またいつか。

 次回は11/29(水)午前10時、地下鉄「鞍馬口」駅改札集合です。

 昼食はMさんに誘われて、河原町松原のホテルサンルートの最上階へ。
 Eさん、小Mさんも同行。
 東山の絶景を楽しむつもりが、よい席はすべて予約でアウト。

 次は予約をしてきましょう。

 夕方からは佛教大学に出講。
 地形図の地図記号を実際にたしかめようということで、千本北大路付近をあるく。

 本講義初の巡検だったので、好評だったもよう。
 とりわけ夕暮れの船岡山はお見事。
 若い受講者諸君は、つぎは彼氏・彼女と来ようと思っていた由。

 本日はたいそう歩きました。
 万歩計、1万8千をこえました。
 健康的で何よりです。

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2006.11.05

池田屋事件と古高俊太郎を論ずる

11/4(土)はれ
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 長浜市長浜城歴史博物館の太田浩司さんから郵便がとどく。
 ひとつは珍しいイベントの案内。

 週刊『ヤングマガジン』でいま、「センゴク」というマンガが連載されています。
 その作者、宮下英樹さんが滋賀県長浜市にこられ、城郭史研究の牽引者中井均さんと対談されるというものです(司会、太田さん)。

 サイン会もあるそうなので、ファンにはたまらない企画でしょう。
 
 日時:11月25日(土)午後1時30分~4時30分
 会場:臨湖(長浜勤労者総合福祉センター、長浜市港町4-9)
 問い合わせ:長浜市長浜城歴史博物館0749-63-4611

 往復はがきで申し込むそうです。上記にお尋ねください。
 

 午後から名古屋へ。
 栄中日文化センターの「坂本龍馬と明治維新」講座その2回目。

 池田屋事件の新解釈を行う。
 が、タイムオーバーで古高俊太郎論で終わる。
 次回、冒頭ですこしふれます。

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2006.11.04

ショックな日

11/3(金・祝)はれ
 旧明治節(明治天皇の誕生日)。
 
 友人と映画に行く予定でした。
 封切前から、この日と決まっていました。
 ですから事前に行くことなく、待っておりました。

 前日、何時のものを見ようか新聞を見る。
 で、びっくり。

 載っていない。
 ネットでみたら、予想通り、もう終わってた。

 ショック。
 
 泣く泣く、自宅で掃除と事務処理をする。
 
 その映画は「スケバン刑事」です。
 20年前、2代目のファンでした。

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2006.11.03

元禄6年の洛中人口を読む

11/2(木)はれ
Zinko

 朝から「くずし字入門」に出講。
 今日から部屋の広さが2倍になりました。
 これまで受講のみなさんには窮屈な思いをさせました。
 これからは大丈夫です(たぶん)。

 「洛中家数、人数」を読む。
 江戸中期、元禄6年(1693)の人口調査です。
 総数32万703人でした。

 次回は伏見の人口を読みます。

 原稿、今夕最終締め切りというのが急にやってきて、てんてこまい。
 午後からの予定、すべてキャンセル。
 どうにか間に合う。

 たいへん、たいへん。

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2006.11.02

飛鳥をあるく

11/1(水)はれ
Takamatsuzuka

 基礎から学ぶ!日本歴史の巡検で飛鳥へまいりました。
 コースはつぎのとおりです。

近鉄京都駅9:09⇒(橿原神宮前駅乗換え)近鉄橿原線「岡寺」駅10:32⇒①五条野(見瀬)丸山古墳⇒②菖蒲池古墳⇒③亀石⇒④川原寺跡(昼食)⇒⑤甘樫丘(遠望)⇒⑥伝板蓋宮跡(浄御原宮跡推定地)⇒⑦飛鳥寺跡⇒⑧野口王墓古墳(天武・持統合葬陵)⇒⑨高松塚古墳⇒近鉄橿原線「飛鳥」駅

とても楽しくありました。

野口王墓古墳では、その鎌倉時代の盗掘記録「阿不幾の山陵記」を朗読しました。
史料を現地で読む。これが楽しい。

高松塚では「死」を目前にした姿に思いがあふれてしまいました。

京都にもどって懇親会。3分の1もの方が参加。
また行きましょう。
今度は奈良市内です。

ようさん、あるきました。
2万857歩でした。

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2006.11.01

城陽市の三宅碑1基が再建される

10/31(火)はれ
 基礎から学ぶ日本歴史に出講。
 まだ奈良時代の政治史。
 「続日本紀」の橘諸兄政権のある部分を講読。
 進まんなぁ。

 そのあと府立総合資料館に。
 司書Mさんからさまざまな情報を頂戴する。
 
 城陽市の三宅碑の1基が20年ぶりに再建された由。
 掲載された新聞を頂戴す。
 
 近々確認に行かねば。

 が、多忙すぎて、行けそうにない。

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