帷子ノ辻で寺町を論ずる
9/17(日)、はれ・午後くもり一時小雨
台風接近。九州上陸。
帷子ノ辻の「嵯峨野学芸倶楽部」(主催:伝統プロデュース連、於三壺庵)に出講。
北野白梅町まで自転車で。そこから嵐電に乗る。
「寺町の成立」について論じる。
参加者はわずか6人。不思議なほど少ない。
大河「功名が辻」。
陳腐な秀吉、秀次、淀。
秀次は秀吉の養子のはず。
なぜ「叔父上」と呼ぶ?
「父上」ではないのか(まあ、それもいわないと思うが。常識的には「(太閤)殿下」、「上様」だろう)。
劇中の山内一豊の呼び方、「山内」はともかく、「対馬守」と「一豊」を併用するのはなぜ?
今回は石田三成だけが「対馬守どの」といっていたと思う。
「一豊どの」はやめてください。ありえません。
夜、明後日の朝日カルチャーセンター「街道ぶらり旅」のレジュメをつくり、担当Hさんにメールで送る。
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