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2006.08.22

京都の山内一豊旧蹟を案内する

8/21(月)はれ
 市立長浜城歴史博物館の太田浩司(おおた・ひろし)さん上洛。
 山内一豊に関係する京都の旧蹟案内を望まれる。

 1日、方広寺大仏殿跡、聚楽第跡、洛中「桑原町」の山内一豊妻(見性院、俗称千代)の終焉地、伏見城跡、伏見の山内邸跡などのマニアな痕跡をご案内。

 太田さん、石碑さえないことを各所でずっとなげかれる。
 いつも僕がぼやいていることを他人にいわれると、はっとする。 

 本日、『秀吉公のマチ・長浜―秀吉公ゆかりの石碑・石柱建立事業報告書―』(2006年5月、秀吉公ゆかりの石碑・石柱建立事業実行委員会)を拝受。
 そうだ、この人は長浜でたいそうな石碑建立事業を推進した人だった。

 以前にこの事業のことはご紹介しました。
 待ちに待っていた書物です。
 後世まで伝えるべき、画期的事業・書籍です。

 やっぱりこの人は「兄」だ。

 山内一豊妻(見性院、俗称千代)の終焉地で、ばったりAさんに会い、声をかけられる。
 木屋町三条のもと書斎、Gの店長だった人です。

 いま祇園で働いておられる由。
 大変やせておられてびっくり。
 ご苦労多いことと思います。
 どうかお体を大切に。
 再会を約束してお別れしました。

 甲子園大会、決勝再試合、やはり激戦であったこと、あとで知る。  

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