将軍上洛と北朝鮮のミサイル
7/5(水)つづき
大学講義。
幕末京都の農民、若山要助の日記を読む。
禁門の変の部分。
「250年ぶりの戦争」報道。
若山要助は禁門の変がおきる前年、将軍上洛直前の噂を記した日、その混乱を取り上げて、
「慶長元和之乱以来之混雑と相見へ、下民共真ニ薄氷を踏の思ひをなし、危き時節ニ相成候」といった(文久3年=1863、2月晦日条)。
将軍上洛にともなう混乱は、関ヶ原や大坂の役以来のもので「危ない」といったのです。
そして翌元治元年=1864、7月19日の禁門の変勃発の条では、大砲の音にふるえながら、「誠に昔戦国の折しもかくやあらん」といった。
実際に戦争のおきた日、同じようなことをいっているのです。
今朝、北朝鮮のミサイル実験の報あり。
みなさん、危機意識をおもちですか。
若山要助は、250年ぶりの市街戦の危機を、前年に気づいているのです。
われわれは戦争を忘れて60年しかたっていません。
ミサイルは本当に日本列島に落ちないのですか。
これは開戦の危険につながらないといえるのですか。
「若山要助日記」は昔話でいいのですか。
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