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2006.07.14

ミヤコでの「捨馬」は流罪

7/13(木)はれ
 午前中、理髪。
 3ヵ月ぶり。

 S市にいる従姉妹の店に行こうと思ったから。
 が、忙しすぎてかなわず。
 さすがにあきらめ、従姉妹に連絡した上で、自宅近所で処置。

 忙しい三宅清治郎氏(1872-1940)、なんとだいたい20日に一度理髪をしている。
 しょっちゅう日記に「理髪」と出てくる。
 たいしたものだ。

 午後から小学館の「古文書塾てらこや」に出講。
 本日は京都町奉行所が掲げたいくつかの高札文言を読む。

 ミヤコでの「捨馬」が、意外なほど重罪扱いだと紹介。
 流罪です。

 たしかに暴れる馬が市街地に放置されていたら、そりゃ危険きわまりない。
 死傷者も出る可能性がある。
 それを防ぐための重科と考えると、合点はいく。 

 次回は「拾遺都名所図会」の、土居堀や、大仏方広寺の項を読む予定。

 夜はひさしぶりにお好み焼きをつくる。

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