桑名城下町の惣構をあるく
6/19(月)はれ
名古屋滞在3日目。
午前中、明日のレジュメづくり。
明日は朝日カルチャーセンターのツアーで京都入り。
伏見街道をあるきます。
お昼、レジュメ完成。
名古屋市柳橋の朝日カルチャーセンターに持参。
午後から桑名市へ。
中日文化センターの受講生3人さん、同行。
桑名は、幕末期の京都所司代、松平定敬(さだあき)の城下町です。
その程度の気分での訪問。
なんせ文献や絵図をもたずにきたから。
少し乱暴。
で、市役所文化課へ行き、城下町絵図などを入手。
そこで「はっ」ときづく、桑名は「惣構型」の城下町ではないか。
秀吉の家臣、一柳の建設により近世城下町化している。
これはおもしろい。
お3人を喫茶店に残し、市都市計画課へ行く。
都市計画図2.500分の1を入手。
喫茶店で合流。
桑名市は惣構の堀を復活させ、まちづくりに活かそうとしていることを知る。
興味しんしんで、西側の惣構の堀を見に行く。
なぜそんなことが可能か。
石川県金沢市と同じで、水路としてながく活用されたからです。
問題点は、堀に接した土塁はまったくかえりみられていない。
土塁をつくろうとはされていない(写真は北端部分を南から撮影)。
つまり江戸時代の町の外郭を、厳密に復活させようとはしていない。
「見た目」をきれいにしただけ。
それを「由緒」によって、「ありがたく」みせているだけ。
大和郡山市の「外堀公園」と同じです。
この辺がいつも思う、都市計画課と文化(文化財)課の意思の乖離(かいり)です。
都市計画推進側に悪意はないのだ。
いいことしたと思っている。
歴史的遺産を現代に生かしたと信じてる。
そうじゃない、破壊にひとしい行為なんだ、と文化(文化財)課が伝えなきゃいけない。
ただ知らないだけなんだ。
このあたり、金沢市や岐阜市は、歴史系のひとたちが中心に城下町惣構を現代に復活させ、活かそうとしておられる。
両市の活動に期待をもっている。
ちなみにその成果は大阪市立大学のCOEシンポの報告書、
『都市城壁をまちづくりにいかす』、に詳しくまとめられるはずです。
まもなく刊行です。
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