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2006.06.21

桑名城下町の惣構をあるく

6/19(月)はれ

Kuwana

 名古屋滞在3日目。

 午前中、明日のレジュメづくり。
 明日は朝日カルチャーセンターのツアーで京都入り。
 伏見街道をあるきます。

 お昼、レジュメ完成。
 名古屋市柳橋の朝日カルチャーセンターに持参。

 午後から桑名市へ。
 中日文化センターの受講生3人さん、同行。

 桑名は、幕末期の京都所司代、松平定敬(さだあき)の城下町です。
 その程度の気分での訪問。

 なんせ文献や絵図をもたずにきたから。
 少し乱暴。

 で、市役所文化課へ行き、城下町絵図などを入手。

 そこで「はっ」ときづく、桑名は「惣構型」の城下町ではないか。
 秀吉の家臣、一柳の建設により近世城下町化している。
 
 これはおもしろい。
 お3人を喫茶店に残し、市都市計画課へ行く。
 都市計画図2.500分の1を入手。

 喫茶店で合流。
 桑名市は惣構の堀を復活させ、まちづくりに活かそうとしていることを知る。
 興味しんしんで、西側の惣構の堀を見に行く。

 なぜそんなことが可能か。
 石川県金沢市と同じで、水路としてながく活用されたからです。

 問題点は、堀に接した土塁はまったくかえりみられていない。
 土塁をつくろうとはされていない(写真は北端部分を南から撮影)。

 つまり江戸時代の町の外郭を、厳密に復活させようとはしていない。
 「見た目」をきれいにしただけ。
 それを「由緒」によって、「ありがたく」みせているだけ。

 大和郡山市の「外堀公園」と同じです。
 
 この辺がいつも思う、都市計画課と文化(文化財)課の意思の乖離(かいり)です。

 都市計画推進側に悪意はないのだ。
 いいことしたと思っている。
 歴史的遺産を現代に生かしたと信じてる。

 そうじゃない、破壊にひとしい行為なんだ、と文化(文化財)課が伝えなきゃいけない。
 ただ知らないだけなんだ。

 このあたり、金沢市や岐阜市は、歴史系のひとたちが中心に城下町惣構を現代に復活させ、活かそうとしておられる。
 両市の活動に期待をもっている。

 ちなみにその成果は大阪市立大学のCOEシンポの報告書、
 
 『都市城壁をまちづくりにいかす』、に詳しくまとめられるはずです。

 まもなく刊行です。

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