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2006.06.12

聚楽第を語り、伏見街道を歩き、本能寺の変をみる

6/11(日)はれ
 午後1時から、嵯峨野学芸倶楽部の「京都歴史講座」に出講(~2時)。
 主催者は、「伝統文化プロデュース連」です。

 豊臣秀吉の京都・その1、「聚楽第の誕生・終焉」という内容でした。
 次回その2は、「聚楽第の発見」というタイトルにします。

 これまでの研究で何がわかったか、何が問題となっているか、についてお話しする予定です。
 7/9(日)です。

 そのあと伏見へ。
 6/20(火)、名古屋の朝日カルチャーセンターのバスツアーで、「伏見街道を歩く―龍馬と新選組の上洛ルート―」というのをします。
 その下見です。
 
 なかなかまとまった時間が取れないので、少しの時間でもいいから少しずつ歩いて、イメージをつくろうと思いました。
 
 午後4時、伏見板橋小学校の道標前から歩き出す。
 この時期、日の暮れるのがおそくてありがたい。
 午後7時半までつづけ、東福寺門前まで進みました。

 途中、旧知のM・Kさんにばったりあって、「先生、こんなところで何の研究してんの?」とからかわれる。
 
 知らなかったものがいっぱい「落ちている」。
 すごい、すごい、の連発。

 たとえば、「伏水街道 第○橋」の石橋。
 第一だけが現存かと思っていたら、第四、第三もあるのですね。知らなかった。

 しかも建立者は、初代京都府知事長谷信篤、参事槇村正直ら4名。
 だから明治初年のもの。
 いやはや、京都はすごい。

 暗くなっていたので、携帯電話の光を当てて文字を判読していたら、近所の夫婦が「みえますか?」。
 「はい、みえます」。
 話しかけられてきたので、簡単にこの石造物の意義を述べましたら、長谷や槇村の名をご存知でした。

 7時50分、京阪東福寺駅近くのお好み焼き店に入り、NHK大河「功名が辻」をみる。
 本日は本能寺の変。
 なんとしても見なければと思いまして。

 森蘭丸に「断じて首を取られるな」といったあと、戦闘に加わったのには苦笑しました。
 そんなムチャな。
 「断じて首を取られるな」といったあとは、奥で自刃してください。
 首を守れないじゃないですか。

 発砲・射殺シーンがやけに多かったことが気になりました。

 なんて命中率の高い火縄銃だ。

 違和感だらけのこの番組。

 番組終了の直前に、店を追い出されました。
 老夫婦の店で、お客は僕ひとり。
 ストレートに「もう帰ってくれませんか」には、びっくり。
 入って1時間もいないのに。
 
 帰途、その本能寺跡を通って帰宅。

 帰宅してまもなく、西村幸信さんの訃報が届く(前日条参照)。

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