伏見街道などの道標をみる
6/16(金)はれ
午前中、k社のA記者と会う。
来月初頭から、同社の週間新聞で、「京都の江戸時代をあるく」という連載を開始します(半年予定)。
その打ち合わせです。
江戸時代の京都史の数々をお伝えし、現代京都のまちづくり、文化財保護などのありようを模索するという趣旨です。
どれほどいまの京都に江戸時代の痕跡がころがっているか、現地踏査の成果もふまえ、あつく語ってみたいと思っております。
午後から伏見へ。
6/20(火)、朝日カルチャーセンターの講座で伏見街道を歩きます。
その下見、第2回。
もともと街道沿いに建っていた道標が、行き場を失って学校に移転しています(写真)。
それをみなさんに見ていただきたいと思った。
小・中学校ひとつずつを訪問し、当日の許可をえる。
いずれも快諾くださり感謝いたします。
京阪丹波橋駅から電車に乗り、東福寺駅で下車。
そこから大仏方広寺まであるく。
途中、一橋小学校では、許可をもらって「伏見街道第一橋」の石橋を拝見。
大仏前の甘春堂でお茶をし、京都駅へもどる。
書けなかったけれど、今日もこれまで知らなかったものをいくつか路傍で発見。
だからやめられない。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント
うらさん
はじめまして。
いつもご愛読くださりありがとうございます。
貴重なご意見もありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 中村武生 | 2006.06.21 08:22
はじめまして。うらと申します。
御土居堀に興味を持っており、先生のblogを興味深く拝見しております。
一橋小学校の近くに住んで3年になりますが、
最近近所に「ばったり床几」のあるお宅を発見しました。
こういうものが何気なく存在する京都の歴史の深さを感じます。
さて、marys235さんの質問ですが、
私も福岡出身なので、京都の町なかでの「お地蔵さん」の多さには不思議に
思いました。
歴史文化には門外漢なので不正確なのを承知で書きますと、
京都では地蔵信仰が盛んであり、また「地蔵盆」が町会単位で行われることもあり、
お地蔵さんが町に1つの単位で存在し、
ほとんどの場合祠に大切にまつられています。
京都の町なかの地図を見てもらえればわかりますが、京都の「町」の
単位は非常に狭いことから、お地蔵さんが非常に多く感じられる、
ということではないでしょうか。
こういった地蔵盆とセットになった地蔵信仰は、
大阪から滋賀に掛けて存在するそうです。
大阪の私の知人が昔大阪の町中のお地蔵さんを調べて回った
というのを聞いたことがあります。
一乗寺界隈で特に多いとのことですが、
「町」に1つという単位を超えて、より多く存在するのでしょうか?
もしそうであれば、理由は私もわかりません。
投稿: うら | 2006.06.21 04:35
marys235さん
申し訳ありませんが、お問い合わせの件、わかりません。
お許しください。
投稿: 中村武生 | 2006.06.20 21:28
はじめまして。Googleで検索していて見つけました。
京都の歴史にお詳しいようですのでご質問したいことがございます。
私は福岡出身で今年から京都/一乗寺に住んでおりますが、京都で
はたくさんのお地蔵さんをみかけます。しかも一乗寺の付近はとて
もたくさん。福岡ではお地蔵さんを町でみることがなかったので
不思議です。京都(とくに一乗寺近辺)にお地蔵さんがたくさん
あるのはどういう所以でしょうか?ご存知でしたら教えて頂ける
と大変嬉しく思います。
投稿: marys235 | 2006.06.18 20:56