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2006.02.01

A知教育大学生の京都巡検に同行

1/31(火)雨のちくもり
 A知教育大学の地理学科の学生さん、17名上洛。
 同大学A先生の依頼で、この学生さんたち対象に歴史地理の巡検を実施しました。

 最初に、京都の「はし」と「真ん中」を案内しますと宣言。

 まずは「はし」。
 北区の惣構(御土居堀)の遺構へ。

 鷹峯の和菓子店、光悦堂「御土居餅」に立ち寄る。
 みなさんに振舞う。

 僕は食べないでおこうと思っていたら、店主さんに勧められてご馳走になってしまいました。

 北西隅の部分の土塁・堀に立ち入る。
 所有する焼肉店「有明」(ラウンジ「オアシス」)さんのご好意です。
  http://www.kyoto-ariake.jp/

 前日夜、社長森田清さんに急にお願いにあがりましたところ、快諾をいただきました。

 昼食は佛教大学の学食で。
 「安い、安い」と連発。

「うまい、うまい」とはいわれなかった。

 午後、船岡山へ。
 平安京建設の中軸線の基準といわれています。

 いま問題となっている「船岡山マンション」の横を通り、千本通を南下。
 千本閻魔堂、釈迦堂をへて、一条通へ。

 ここから「真ん中」へ。
 平安宮跡、そして聚楽第跡に入ります。
 聚楽第の堀跡と推定されるくぼ地を登り降りして、幻の城郭を体感。

 中立売通を東から西へ。
 すなわち東堀跡から西堀跡を縦断します。
 三井文庫蔵の「聚楽第図屏風」に描かれた殿舎群の中を通ったことになります。

 「聚楽第図屏風」のコピーを片手に、天守閣跡推定地を遠望。
 おおー、の声がもれる。
 
 最後は平安宮跡中心部へ。
 「応天門炎上」を体感しましょう。 

 会昌門跡に立ち、南上空を見上げる。
 「伴大納言絵巻」は、ここから官人たちが炎上を見上げるシーンを描きます。
 同じ姿勢をとったわけです。

 まもなくJR二条駅。
 JR京都駅へ移り解散。

 本日は5キロメートル弱の行程でした。
 お疲れだったことでしょう。

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コメント

辰田芳雄さん
 こんにちは。
 その節はお世話になりました。

 年末に「聚楽第図屏風」ご覧になられた由。
 僕も久しぶりに拝観したかったです。

 屋根瓦が青く、書物の掲載写真とあまりにちがうことに驚いたことが印象深い図でした。

投稿: 中村武生 | 2006.02.06 13:19

先年の都市研究での聚楽第跡巡検お世話になりました。年末、日本橋の三井記念美術館館ではじめて聚楽第図屏風を見ました。巡検での解説を思い出しながらじっくり見ました。やはり、現地を歩くことが大切です。A知教育大学の学生はよい勉強をしました。

投稿: 辰田芳雄 | 2006.02.05 22:12

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