« 金閣放火事件を考える | トップページ | 京都、大雨です »

2006.01.13

京都寺町に長州武士の墓が忘れられて存在

1/12(木)はれ

muen

 すごいですね。午前3時台なのに、ブログ人気ランキング早くも1230点です。
 (右上のその場所をクリックしてみてください。
 私のちまたでも話題になっております)

 JR京都駅前での京都検定対策講座の打ち合わせのあと、中京区の寺町通蛸薬師へ。

 目的は、誠心院(じょうしんいん)という寺院です。
 「和泉式部墓」とされる宝篋印塔があることで有名です。

 この寺には池田屋事件戦死者の墓碑があります。
 吉岡正助(庄祐)といいます。
 
 「不逞浪士」ではなく、正規の長州毛利屋敷の下役人でした。
 職員として公儀に届けられていたわけです。
 ですから治外法権に守られていました。

 それにもかかわらず、池田屋事件の夜、彼は四条劇場前で飲んでいたところを公儀役人に斬殺されたのです。 これは非常識な行為で、京都留守居役、乃美織江は当然町奉行に抗議しています。

 そんなわけなので、同じく池田屋事件で死に長州屋敷が死体を確保できた吉田稔麿や杉山松介はひそかに東山霊明舎に埋葬されましたが、吉岡は堂々とこの寺町寺院に埋葬され墓石もつくられました。  

 話しがながくなりました。
 当寺の長州人の墓といえば吉岡のことばかり注目されていますが、実は彼だけではありません。
 少なくとも「長州」と刻まれた武士6人の墓碑があります。
 その全てはいま無縁仏となり、台石がはずされ一ヵ所にまとめてられています(写真)。
 すべて無名の人です。

 おそらく京都屋敷の役人で、在職中に客死したのでしょう。
 この人たちは京都でどんな仕事をして、どのように亡くなったのでしょう。

 江戸屋敷の実態研究はとても進みました。
 が、江戸時代の京都屋敷の研究は、おどろくほど行われていません。

 これは氷山の一角でしょう。
 長州以外にも、もっともっと多くの京都の大名屋敷の役人の墓が忘れられて寺町寺院その他に存在しているはずです。
 
 江戸時代の京都研究はなされるべきです。

|

« 金閣放火事件を考える | トップページ | 京都、大雨です »

コメント

京都検定ブログ人さん
こんにちは。
 お返事遅くなり失礼しました。
 お言葉、心より感謝申し上げます。
 
 京都は1100年の都ですから、辻・辻すべて史蹟といって過言ではありません。世界屈指の都市と存じます。
 これからも京都の史蹟をどんどん「発掘」していきたいと存じます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 中村武生 | 2006.01.18 00:06

こんにちは。確かに江戸時代の京都って意外に知られていないですよね。人気の幕末はともかく。京都には、まだまだ一杯眠ってるんでしょうね、史跡やら史料が・・。
人気ランキング、すごいですね。私も先生の背中を見て(遠くに見て)走っていますが、ちょっと疲れてきてます・・。
 先生のブログ、めっちゃ勉強になります。というか、「へえー」の連発です。歴史に対して、さらに興味が湧きますね。ではー。 

投稿: 京都検定ブログ人 | 2006.01.13 13:11

この記事へのコメントは終了しました。

« 金閣放火事件を考える | トップページ | 京都、大雨です »