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2006.01.04

「土方歳三最期の一日」評

 1/3(火)
 ドラマ「新選組!! 土方歳三最期の一日」を見ました。
 
 久しぶりに新選組を考える機会を得て、ありがたかった。
 大河終了後、さすがに考えること少なくなっていましたから。

 幕末の浪士集団を考える上で、新選組は大事なキーマンです。
 僕の研究テーマのひとつに「浪人集団論」があります。
 だから新選組を考えることは、僕にとって大事なことなのです。

 失礼だがドラマとしてはおもしろくなかった。
 型にはまった解釈と、事実誤認に好感をもてないからです。

 土方と大鳥圭介が対立していた事実はありません。
 司馬遼太郎『燃えよ剣』には類似の表記があります。
 通常の土方像と同じく、あいかわらず『燃えよ剣』にひきづられたのでしょう。
 違うなら申し訳ありません。
 
 劇中、榎本武揚は、土方は「民に迷惑をかけることをいつも気にしている」といった。
 大鳥「新選組といえば京の町で乱暴狼藉をくりかえした無頼の集まりじゃなかったのか」。 
 これに対して永井尚志は「それはちがう。決して京の人には迷惑をかけなかった。」

 大鳥「私の聞いていた話とはちがいますな。商家を襲ってゆすりまがいのことをしていたらしいではないですか」
 永井「それは芹沢鴨だ。新選組になる前の壬生浪士組の頃の話です。近藤たちは自ら厳しい法度をもうけ、武士としてあるまじきふるまいを厳しく戒めておりました。彼らは決して無頼の輩ではない。」
 大鳥「・・・・」。

 まったく事実ではない。
 芹沢以後の新選組が、契約をやぶって壬生寺に迷惑をかけていたことは周知のことです。
 (京都国立博物館特別展図録『新選組』、2003年、59-60ページ)

 また大坂の商人から、
「近藤勇ト申人押がり被致、誠ニ〃〃市中めいわく、御公儀御用金半へ御公儀同様より厳敷禁裏御警衛なりと、扨〃ミな〃〃大めいわくの事」(『幕末維新大阪町人記録』78ページ)といわれ、

 借金を断った京都の三井両替店に対して、
 「いささかのことをかれこれと、六条(西本願寺)の足軽のようなものを取り扱うような対応をしたと聞いた。今後はおまえの方から申し出てきても、金は借りないからな」(意訳)
と近藤・土方は捨て台詞をはいた。
(「新選組金談一件」『三井文庫論叢』37、222ページ)

 事実を隠し「英雄」視してどうなりますか。 

 長州・土佐の過激志士だって同じようなことをしている。
 だからどうでもいいことなのです。
 「ゆすり・たかり」は。

 新選組は「無頼じゃない」、というところですでに狭量です。

 それより思想です。歴史的位置付けです。
 民に迷惑をかけようが、新選組や長州・土佐の過激志士は歴史上重要な存在です。

 今日の「古畑任三郎」はよかった。
 失礼ですが、三谷幸喜さんは実在の人物を扱ってはいけない。
 「新選組」では、三谷さんのよさがかき消される。
 惜しい。

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コメント

ゆぅちゃんさん
コメントありがとうございました。
願い通りになるとよろしいですね。

投稿: 中村武生 | 2006.01.27 01:00

ドラマですから……。
よく私もコメントを求められますが、そのひと言で良いのかな?と思っています。今回の1件では「大鳥圭介ファンの激怒」という、悲しい、しかし、大鳥の本来の姿を見つめ直す、良い機会を作った作品だったと思います。
ドラマの中で語られたことはドラマの中にある歴史を前提に話されておりますので、当然の理なのです。良心があれば河合継之助のように「史実を参考としたフィクション」と書くべきだったでしょうが、放送局側としては対応に苦慮したのでしょう。そのためか、ああいった作品にはたいがい付いてくる史実部分がなかったことに安堵しております。
マニアの観点で行われた時代考証ではやはり無理があります。
私はこれからも娯楽作品として、また作られることを祈念いたします。

投稿: ゆぅちゃん | 2006.01.26 18:01

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