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2006.01.12

金閣放火事件を考える

1/11(水)はれ
佛教大学、新年最初の講義。

 鹿苑寺舎利殿(金閣)放火事件を取り上げる。
 1950年(昭和25)7月2日のことです。

 事件をおこしたのは大谷大学の学生で、鹿苑寺所属の若い僧Hでした。
 事件から半日後、左大文字で逮捕され西陣署に送られました。

 すなわち当時の本学学生の生活圏内でおきた事件だったのです(本学は前年大学に昇格)。
 ところが事件はもとより、現存の金閣が戦後の再建であることさえ知らない学生が少なくありません。
 鹿苑寺に参拝したことのない学生もいました。

 犯人Hの母は事件の翌日、保津峡に投身自殺。入獄したHは獄中で精神を病み、釈放ののちはそのまま宇治市の精神科に入院、翌年そこで病死します。
 その死から、この3月でちようど50年になります。

 地理的に事件のまっただなかにあった大学の学生として、これは知っておくべきだと思い取り上げました。
 たまたま6年前に放映された「驚きもものき20世紀」という番組がこの事件を丁寧に取り上げていたので、この上映も行って理解を助けました。
 僕は毎回講義の感想文を書かせていますが、今回は 予想外に反響の大きい講義となりました。

 なお余談ですが、国宝建造物の焼失ですので、当時の新聞紙は各社トップで事件を報じました。
 産経新聞は住職村上慈海のインタビューに成功し、それを掲載しました。

 その担当記者は、当時の同社宗教担当だった福田定一でした。
 おわかりですね。
 若き日の司馬遼太郎(1923-1998)です。

 来週も視点を変えて鹿苑寺を取り上げます。
 本年度の講義、最終回です。

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コメント

shimizuさん
こんにちは。
 寂光院は最近のことで、まだ多くの方の記憶にあるかと存じます。
 まっくろになった仏像に絶句いたしたこと昨日のようです。

 14日、お目にかかれるのを楽しみにしています。

投稿: 中村武生 | 2006.01.13 04:30

放火と言えば・・
先週、寂光院に生まれたての仏像を見に行ったのですが、ここの本堂も放火で燃えたという話をお寺の人から聞きました。文化財って、いろんな意味で残していくのは大変ですね。こっちの犯人は捕まったのかな?
あさって、13時行きますのでよろしくお願いします。

投稿: shimizu | 2006.01.12 22:31

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